第7話  久我愁弥:『異世界へようこそ』

 ーー「なぁ? ここに一人でいるのか?」

 

 少し時間も経った。

 落ち着いたのか……彼は、そう口を開いたのだ。

 

 銀と白の縦縞模様の毛皮を、肩から掛けてくるまっている。洞窟の壁に寄りかかり、毛皮の上で座っている。

 

 こうして見てみるとやっぱり、デカい男だ。

 運んだ時も思ったが、なかなかいい体格をしている。

 

 戦士……では無さそうだが、この身体つきは近いものがある。

 

 何しろ服装が、それらしくない。

 胸当て一つもつけていないのだ。

 

 私もそうだが。

 

 「一人じゃない。そこにいるよ。」

 

 私は彼の火の揺らめきで、煌めくライトブラウンの瞳を見つめた。枕元に置いてあるルシエルの黒い玉。

 

 それを指差した。

 

 すると、彼は気になったのか身体を横にしながら、黒い円球を覗いた。

 

「なんだ?? 寝てるな。つーか、犬っ!? にしては小さくね?」

 

 彼のこの“喋り方”は国の訛りなのだろうか。

 独特なイントネーションだ。

 

 余り聞いた事がない。

 

 「犬じゃない。“幻獣”」

 「は?? げんじゅー?? なんだって??」

 

 身体を起こすと直ぐにそう聞いてきた。

 

 会話から“状況”を把握したい。

 そんな風に見て取れる。

 

 

 どうせ今夜は吹雪いていて動けない。

 出るのは明日の朝だ。

 時間はたっぷりある。

 

  

 まるでーー、知らない世界にでも来たみたいな……驚き方だ。それに、“日本”と言う名前も気になった。

 聞いた事のない国だ。

 

 アルティミストは広い。

 もしかしたらあるのかもしれないが……。馴染みのない響きだ。

 

 

 私は肉が焼けたので、木のお皿を取る。

 里では家に住んでいたから、棚とかもあったが、ここは洞窟だ。棚なんてない。

 

 そこら辺に置いてあるだけだ。

 

 雪でちゃんと洗って使ってはいるが。

 

 丸い皿に骨付きの肉を置いた。

 スノーマウントの角の棒を、串代わりに使っているから、それも抜いた。

 

  

 私は木のお皿を彼に差し出した。

 

 「食え。持たない。」

 

 彼は少し……怪訝そうな顔をしたが、お皿に手を伸ばした。肉の丸焼きを食べない民族なのか?

 男なら誰でもがっつくんだが。

 

 「肉……。」

 

 と、そう言うと骨を手で掴む。

 

 「アチ……っ!」

 

 と、直ぐに骨から手を離した。

 

 私は彼から離れると、正面に座る。

 

 「直ぐに冷める。」


 ここは吹雪の中だ。

 気温の差で焼いた肉も直ぐに冷める。


 スノーマウントはまだいい。

 これがアイスタイガーだと硬くて食べれなくなってしまう。

 

「あーそう。ウマそうな匂いだな。」

 

 どうやら空腹だったのは間違いなさそうだ。

 彼は手をどうにかアチアチとさせつつも、齧りついた。

 

 「お。ウマい。けど、なんの肉だ? 鶏肉みてーだな。サッパリしてる。」

 

 鶏肉?? スノーマウントが鶏肉だと?

 

 何を馬鹿な。こんな上等な肉は無いぞ。焼き立てで食うなら食用の魔物の中では、一番だ。

 

 それを鶏肉だと??

 

 私は少し……イラつきもしたが、まあ。仕方ない。

 

 好みとは人それぞれ。味覚も人それぞれだ。

 

 「スノーマウントと言う獣肉だ。塩っ気が強いから味付けがいらない。燻製にするとウマい。」

 

 角の棒は火かき棒としても用意してある。

 それで、燃えカスを一点に纏める。

 私はそれをしながらそう言った。

 

 目の前の男は、がつがつと食べていた。

 ふむふむ。と、頷きつつ。

 

 どうやら気に入ったらしい。良かった。

 

 この雪の中を歩くとなると、肉は大切なエネルギー源だ。

 

 「ウマい。やらけーし。」

 「それは良かった。そういえば……名を聞いてなかったな。」

 

 なんだか、ルシエルみたいだ。

 夢中で齧りついている。

 

 「あー……“ 久我愁弥くがしゅうや”。仲間には“シュウ”とか呼ばれてんな。アンタは?」

 

 ぺろっと親指を舐めながら、彼はそう言った。

 早い。もう平らげてしまった。

 良かった。口に合った様だ。

 

 「久我……愁弥? 長いな。それは全てが名前なのか? それともファーストネームみたいなものか?」

 

 聞いた事のないパターンだ。

 ファーストネームは知っている。

 

 商人がこの里の出身では無かったからだ。

 彼も“クロイ•エスパンダー”と言う名前だった。

 クロイとみんな、呼んでいたが。

 

 「ファーストネーム? ああ。“久我”ってのが名字だ。へー? てことは“外国の人”なのか? 日本人みてーに見えるけどな。その眼はちょっといねーけど。」

 

 彼は地面に皿を置いた。

 骨の乗った皿だ。

 

 みょうじ??

 

 なんだ? 日本人?? 

 ああ。そうか。この“愁弥”とやらの国の人間の事を言うのか。

 

 やはり異国人だったか。

 どうしてこんな“辺境の地”なんかに……。

 

 「私は……“瑠火”だ。」

 

 そう言った時だった。

 

 「ルカ……? なんだって? ルカって言ったか?」

 

 なんだ? とても驚いているみたいだが……。

 

 「ああ。瑠火だ。」

 

 私がそう言うと……愁弥は身体を前のめりにしていた。

 とても必死な顔をして言ったのだ。

 

 「それなら知ってるよな? なんで俺はここにいんだ? あの親父と知り合いか?」

 

 そう言ったのだ。

 

 「……何の話? ちょっとわからないな。」

 「ふざけんな! 俺はお前を頼むとか言われて、気がついたらここにいたんだ! なぁ? 知ってんだろ? 戻る方法は?」 

 

 愁弥のその必死な訴え。

 私はその顔を見ると……どうにも嘘をついているように、思えなかった。

 

 それに、彼は酷く興奮している。

 

 「何があったのか……話をして貰える?」

 

 彼は……そう言うとぽつり、ぽつり。と、話を始めた。

 

 

 彼……久我 愁弥の話を纏めると。

 

 『東京都と言う所に住んでいる高校生とやらで、仲間と遊んで帰る途中で、立ち寄った“お店”でネックレスを買った。それを着けたら、光に包まれて気がついたらここにいた。』

 

 私は話の途中で、そのネックレスとやらを見せて貰った。

 

「その店主が、私の名前を?」

 

 とても綺麗なネックレスだ。

 金色の獅子を象ったものだ。

 繊細に作られている。鬣が一本……一本ていねいに、彫られていた。それに、この獅子の目も紅い石が使われている。

 

 裏側も獅子の横顔だ。

 裏表巧妙に作られていた。

 

 「ああ。“ルカを頼む”。って言ってたな。それに俺の名前を知ってたんだ。」

 

 愁弥は、さっきまでの困惑した様子ではなくなっていた。この人の“眼”は、不思議だ。

 とても強い光を持っている。

 

 “心が強い”のだろう。

 

 「その男の人に心当たりは?」

 「ねーよ。言っただろ。たまたま寄ったんだ。」

 

 落ち着きを取り戻した彼は、リラックスしているようにも見えた。

 

 「このネックレスは興味がある。凄く繊細で細やかな作りだ。こんな“手の込んだ装飾”をするのは、”土職人ドワーフ“しか思い浮かばない。」

 

 私は愁弥にネックレスを差し出した。

 彼は受け取りながら

 

 「すげーよな。裏側までちゃんと彫ってあるもんな。表裏一体で顔になってんだ。これで千円は安い。」

 

 まるで子供の様な顔をして、嬉しそうに言ったのだ。

 

 「せんえん? それは“価値”か?」

 「ああ。金額だ。金の事だ。瑠火も金は使うだろ?」

 

 なるほど。愁弥の“とーきょう”と言う国の通貨のことか。“クレム”じゃないのか。

 “エン”……と言ったな。

 

 エンが通貨になるのか。

 何処にあるんだ? その国は。

 

 「アレだな。“異世界”へようこそだな。」

 

 ルシエルーー、の声だった。

 奇妙な事を言ったのは。

 

 「起きてたのか?」

 「そんだけ騒いでれば、起きるだろ。」

 

 寝ているとばかり思っていた。

 どうやら目を覚ましたらしい。

 

 「異世界?」

 

 聞いたのは愁弥だ。

 

 「ああ。お前の話を聞いていたら……どうにも、この“アルティミスト”じゃなさそうだ。そのこーこーせい。とやらも、トウキョーと言うのも、聞いたことがない。」

 

 ルシエルは黒い檻篭の中から、話をしている。

 

 「日本。なんて国もここにはない。俺様はこれでもこの世界を、隅から隅まで知っている。長い時を生きてきてるしな。」

 

 ルシエルの紫の眼は、愁弥の事を見ていた。

 聞きながら愁弥の顔が、どんどん暗く沈んでゆくのを感じていた。

 

 

 彼は……コチラに来てしまった。

 そう言う事になるのだろうか。

 

 

 吹雪は洞窟の向こう側で、まるで泣いている様に舞っていた。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

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