第9話  封印されし地

ーー私達のいた洞窟から少し歩くと、月雲つくもの里だ。

 

 と言ってももう……氷のパレスしかない。


全てが“氷に包まれた”。

その日から一夜しか明けていない。

それなのに……もう、幾日も経ってしまったかの様だった。


冷たい雪混じりの風に晒される里は……、見た事も無いほどに、ひっそりとしてしまっていた。


里の者の声は聞こえない。

代わりに出迎えるのは“氷の墓標”だ。

 

 「これはなんだ?」

 

 

 愁弥がそう声をあげるのも無理はない。

 氷の柱がずらっと並ぶ。

 

 その中には人間たちがいる。

 

 それらを見て……彼は驚いたのだ。

氷漬けの人間など……見た事も無いのだろう。


大きな結晶……。

一番大きなこの氷の結晶には、白雲しらく村長が、眠りについている。


「この人も……氷の中か……。瑠火。ここにいる人たちはなんなんだ?」

 

白雲村長の氷の結晶。

それを見上げながら、愁弥しゅうやはそう言ったのだ。


彼をここに連れて来たのは……“真実”を、伝える為だ。


見て貰った方が、いいと思ったからだ。何しろ、愁弥はこの世界の人間ではないからだ。


私は……氷の中に眠る白いローブ姿の、白髪に白髭の変わりない……本当に、眠ってしまっているだけ。


そんな白雲村長を見つめる。


「この人は……“白雲村長”だ。周りで凍ってしまっているのは、この月雲の里の人間だ。」


愁弥は視線を辺りに移した。

彼の明るめのブラウンの瞳が、少し陰りを見せていた。


この状況を見て……心を傷めてくれているのが、よくわかる。


「里の人間……? 誰もいない。ってのはそうゆう事か?」


酷く……傷んだ言葉を返してくれた。


何よりも……真っ直ぐと、私を見つめるその瞳は、哀しみを映していた。


この人は……“優しい人間”なのだろう。


他人の傷みがわかる人だ。


「昨日だ。この里は“黒龍”たちに襲われて、皆。死んでしまった。里を氷に覆ったのは、白雲村長の“力の反動”だ。彼は……この地を、民を護ったんだ。」


私はーー、村長を見上げた。

冷たい風に包まれる氷の中にいるその人を。


「龍? 力? ちょっと……想像つかねーな。けど……がちなんだな。とてもじゃねーけど、この状態を見なきゃ信じらんねー。」


愁弥はそう言いながら……村長の氷の前に立つと、中を覗きこんだ。


氷の中にいる村長の姿を、とてもよく目を凝らして見つめていた。


暫く……見つめていたが、愁弥の顔色が変わる。


「どうかしたか?」


強張ったその横顔に、私は心配になった。

だが、愁弥は氷に手をつき


「瑠火……“この人”だ。間違いねー。俺にネックレスを売った親父さんだ。」


と、そう言ったのだ。

その瞳は信じ難いのか少し揺らいでいた。


「村長……?」


私の声に愁弥はこちらを向いた。

真っ直ぐと……私を見つめたのだ。


「この白髭は見覚えある。この人だ。」


そうハッキリと言った。


「いや。ちょっと待て。それはおかしな話だ。どうして愁弥の世界に……村長が? それに彼は……」


私は愁弥に言いながら、村長の氷の結晶を見つめた。


「こうして眠りについている」


昨日の話だ。

あの黒龍たちの前で、村長は禁呪を使いこの里と共に封印されたのだ。


何もかもが氷に包まれた。


「わかんねーけど……たしかに。この人だ。この服も……間違いねーよ。」


愁弥も半信半疑な言い方ではあるが、再度、そう言ったのだ。


「そんな事が……出来るのか? 村長は死んでしまっている。」


私にもわからない。

だが、言葉になっていた。


「有り得ない話とは言い難いな。」


ルシエルだ。

今の今まで静かだった。

腰元からその声が聴こえたのだ。


私はルシエルの檻篭に視線を向けた。


「昨夜も話をしたが……“転移や時空超え”の術の話は聞いた事がない。」


そう。聖霊術にそんな術があるとは……私は、聞いたことはないのだ。


「お前を“里の入口”まで吹っ飛ばしただろ? アレもある意味“転移”だ。その場から違う場所に移動させたんだからな。」


ルシエルの真剣な声が聞こえるが、目の前では愁弥が目を見開いていた。


「“瞬間移動”みてーなモンか? 何だかわかんねーけど、すげーんだな。コッチは。」


彼にしてみれば、“信じ難い話”なのだろう。とても驚いている。


愁弥はとても素直な人だ。

顔に感情そのものが映しだされる様だ。


「お前の世界には無いのか?」

「ねーよ。あ。いや待てよ? マジックとかサイコキネシス? ってのは近いのか?」


ルシエルの言葉にう〜ん。と、考え込む様な愁弥。


顎に手を当て真剣だ。


「それがわからん。」

「あーそうか。だよなー。」


腕を組みルシエルの声に、答えている。その眼は、ルシエルを見つめていた。


不思議な男だ。

このルシエルを見ても気味悪がるどころか、こうして話までしている。


それに……こんな世界を見せられても、恐怖に染まってる様子もない。


それよりも“不審な事”を懸命に考えて、答えを探ろうとしている。


やはり……“とても強い心の持ち主”だ。

眼は言葉より者を言う。

その人の“心”が表現される。


彼は特にそうゆうタイプの様だ。


「にしてもだ。不思議だな。俺の名前も知ってたんだ。この親父さん。瑠火の世界の人なんだよな?」


そうか。


そうなると……愁弥は、村長にこの世界に送られた事になるのか。


それはつまり……。


私の責任だ。


村長は優しい人だ。

きっと……“何か想い”があってした事だろう。


「すまない」


彼は……“巻き込まれた”のだ。

それは揺るがない事実だ。


「は??」


だが、愁弥はきょとん。とした顔をした。私を驚いた様に見つめていた。


だが、直ぐに


「なんで瑠火が謝るんだ? なんもしてねーだろ。それよりも大変だったな。里の人たちを亡くしたんだろ?」


と、私を心配そうな瞳で見つめたのだ。


「愁弥……」

「お前もお人好しだな。瑠火のせいでこんなとこに、連れて来られたかもしれないのに。」


私の言葉を遮ってため息つきながら、そう言ったのはルシエルだった。


だが、愁弥はフッと笑う。


「まー……そこは言っても仕方ねーだろ。現に来ちまったワケだしな。帰る方法も、なんかあるだろうし。けど……」


ブロンドの髪から覗くその瞳は……優しい眼差しをしていた。


「この親父さん……。瑠火のことをすげー心配してるってツラだった。それは覚えてる。なんで俺なのかはわかんねーが、“頼む”って言ってた。それは……“一人”になったから。って事なんだな。」


愁弥は優しい眼差しを向けながら、更に続けた。


「正直。親も健在だし……大切な誰か。ってのも亡くしたことねーからさ。俺には瑠火の傷みはデカすぎて、よくわかんねーよ。けど、“感じる”ことはできる。何が出来るのかはわかんねーけど……。宜しくな。」


そう言って……笑ったのだ。


この人は。

それもへらっとした笑顔ではなく、本当に優しい笑みだった。


心から温かくなれるような……微笑みだった。


不思議な人だ。

惹き込まれる。


大丈夫なんだと……思わせてくれる。


「……愁弥。なるべく早く“お前が戻れる”様に、その道を探そう。」


私はだからこそ……“彼の手助け”をしたいと、思っていた。

元の世界に戻る方法を共に探そう。と、この時、思ったのだ。


「ん。ソッチも宜しく。」


愁弥は無邪気な顔をした。


大人っぽい顔をしたり……子供のような笑顔になったり……。


こんなに感情表現の豊かな表情をする人間は、始めて見る。


皆……何処か暗く物悲しい表情をしていた。

生きる希望を失くした……哀しみに、染まった人達ばかりだった。


だから……久我愁弥は、私にとって物珍しい人間だった。

純粋に興味が湧いた。


どの様に……生きてきたのか。

それを知りたくなった。



▷▷▷▷


「神族? それは神ってことか?」


吹雪は弱まっている。

本来ならあと二日……。


村長の話では氷河を渡るいい機会は、少し先だ。だが、今日は門出を祝うかの様に、吹雪も弱く歩きやすい。


これならば氷河を越えるのも、そんなに苦しくはないだろう。


雪の中を歩きながら、私は“禁忌の島と月雲の民”について、愁弥に話をしたのだ。


この話を口外したのは始めてだ。


と言っても……“他人よそもの”が、近寄らない島だから当然なのだが。


「そうだ。このアルティミストの神々だ。」

「神と戦争か? ダイナミックだな。」


やはり愁弥の話し方は、独特だ。

だが、聴いていて不思議と嫌な感じはしない。


砕けた話し方は妙に心地良い。

距離感が身近に感じる。


「百年も前の話だ。だが、その戦争で……私達“月雲の民”は、神族に味方をしたんだ。人間と多種族の連合軍に歯向かった。」


愁弥は隣を歩きながら話を真剣に聴いていた。


雪はとても歩きづらいのか、膝下まであるこの深い道を、掻き分けながら歩いている。


あまり……慣れてはいない様子だ。愁弥の世界では、降らないのだろうか?


ここが異常なのはわかっているが。


「多種族ってのは……アレか? ルシエルみてーな奴らのことか?」


「俺様たち“幻獣”や、“エルフ'”、“獣人族”。“竜族”。“巨人族”もいる。アルティミストには様々な種族が暮らしている。そのうち会うだろ。」


ルシエルのちょっと上から目線の説明にも、愁弥はふ〜ん。と、軽く頷いていた。


「そりゃすげーな。聞いたことはあるが、実際に見た事はねーからな。」


「聞いた事はあるのか?」


愁弥の世界にもいるのだろうか。


「ん? 伝説上、想像上の存在だとかで話は聞いたことはあるよ。あとは……映画か? あー。ゲームってのもそうだな。ルシエルの言ってる奴らの名前は、その中で出てきたりする。俺はやんねーけど。」


「ゲーム?」


何だ? ゲームとは?

えいが。とも言っていたな。


愁弥と話すと知らない言葉が多くて、混乱するな。


本当に別世界なのだな。

話をしているとよくわかる。


「伝説? 想像? ふざけた世界だな。俺様はちゃんと存在しているぞ!」


ルシエルの荒いため息が聴こえた。


「あーだな。見るまでわかんねーことだった。で? 禁忌の島って呼ばれてんのは、何でなんだ? その戦争が原因なのか?」


風と雪の舞う灰色の世界。

変わらぬ世界だ。


「ああ。“聖神戦争”……。その戦争で、月雲の民と神族。そして幻獣や龍を混じえた“神軍”は、連合軍に敗北した。その事で神軍に加担した者達は、迫害。神族は世界を追放されたと聴いている。」


神軍。

そこにもルシエル達の様な幻獣は、“召喚獣”として多く参戦した。

竜族の中にも“人間に敵対”する者達がいる。


その者たちも共に戦ったが、勝てなかったと聴いている。


「ああ……なるほどな。だから“禁忌の島”か。こんなところに……」


愁弥は一面の雪原と遠くに見える雪山。それらを見渡しながらそう言った。


毛皮を頭から被っているが、時折目元に雪がちらつくのだろう。

手袋をした手で払っている。


「そうだ。“罪深き民”だ。戦争後は、ドラゴンや神族に加担した者達から、“厄災者”扱いをされたそうだ。戦争を呼んだ民。そう噂されているそうだ。」


そう。

私達が神族をそそのかし、人間との戦争をこの世界に招いた。


そう語り継がれているのだ。


「まじか。ウワサってのはおっかねーな。言ったモン勝ちみてーなとこあるからな。」


愁弥の声が少し……荒く聴こえた。


普通に歩いている様には見えるが……。

そろそろ休むか。


やはり雪は慣れていないのだろう。


「愁弥。もう少し頑張れるか? 近くに洞窟がある。そこで休もう」


だが、愁弥は空を見上げた。


「太陽がねーってことは、夜になんのも早い。ってことだろ? 明るいうちに歩きてーんだろ?」


と、そう言ったのだ。


この人には驚かされる。

なんて強いんだ。


「いや。氷河に入ったら途中までは、休める場所がないんだ。手前で今夜は一泊しようと、考えている。」


私がそう言った時だった。


雪を駆ける音がしたのだ。

この雪飛沫を掻きながら走って来る音ーー。


これは


「お〜い! おーい!」


そうだ。


この声は……“クロイ•エスパンダー”だ。


大きなソリを引きながら、“ホワイトグロー”と呼ばれる“白銀の狼”を引き連れやってくる商人だ。


ソリを引くホワイトグローは、魔物だ。

だが、クロイは“魔獣使い”でもある。


その為、彼は“魔物”を引き連れこうしてこの地に足を踏み入れる。


船を使わなくても来れるのは、魔物の手を借りるからだ。


「ん? 誰だ?」

「クロイだ。商人だよ。」


愁弥の怪訝そうな顔に、私はそう伝えた。だが、それよりも少し疲れた顔が気になる。


やはり即興のブーツとその格好では、体力も奪われてしまっているのだろう。


ここでクロイに出会えたのは、かなりラッキーだ。


「クロイ!」


白銀の狼が三頭。

大きな狼だ。

毛並みも良く顔も凛々しい。


私もこの者達は気に入っている。

勇敢でいて人懐っこい。


大きなソリを引き氷河を渡る。


「瑠火!」


クロイのソリは私達の手前で、雪飛沫を上げながら止まった。


乗っているのは大柄な男だ。

ヘタすると山男だと間違えられる。


茶色の毛皮のコートを着た男は、ソリから降りると愁弥の前に立ったのだ。


愁弥もデカいと思ったが、クロイの方がデカい。一回り。身体の大きさが違う。


クロイは調教の仕事もしている。

拳闘士ファイター“でもあるから、体格が本当にいい。


フード付きの毛皮のコートから覗く、日に焼けたその肌黒さもまた凄みに、拍車をかける。


ヒゲは凍るから剃ってくるらしい。

顔つきも商人とは思えないほど、悪人面だ。百戦錬磨。そんな風貌をした男である。


「なんちゅう格好で歩いてるんだ? 瑠火。ブーツぐらい渡してやれ。里にあるだろ。」


それは言われる。


私の即興ブーツだ。


「クロイ……。里はもう無い。」


そう答えるとクロイの険しい表情も、どこか哀しそうになった。


だが、クロイは”そうか“としか言わなかった。



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