第4話  禁呪:『月雲の里の封印』

 冷たい感覚が頬に伝う。


 頭の上から何かが押す。

 ゆさゆさと揺らされるのがわかる。


「瑠火。おい……死んだか?」


 それがルシエルの仕業だと、直ぐに理解できた。鼻息が頭の上で降りかかる。


「……勝手に殺すな……」


 頭を上げるとルシエルが、鼻先で突こうとしていた。


「何があった? 黒龍もいきなり消えた。それにお前がいきなりだ。里の入口まで吹っ飛んできた。」


 雪の上で身体を起こすと、ルシエルは少し離れてそう言った。


 どうやら生きてはいる。

 それに痛みもない。


 里の入口。


 ルシエルの言う通りだった。


 今。私がいるのは“月雲の里”の入口だ。


 ルシエルが黒龍と戦っていた場所だ。

 そこまで吹き飛ばされたのだろう。


「村長……」


 私はハッとした。


 そうだ。

 村長は? みんなは? 


だが、私は里の方を見て……目を疑った。


氷のパレスがそこにはあったからだ。


ここはまだ冷たい雪の上。

だが、里の方は氷の大地に覆われていた。


そこに浮かび上がるのは巨大な氷のパレスだ。まるで結晶体。


それが、里を覆っていた。


「どうゆう事だ?」


気を失う前に見えたのは、村長の身体を氷が包むところだ。


「俺様とだ。見ればわかる。」


ルシエルはそう言うと里に向かって歩きだした。


氷の大地に向ってゆっくりと歩きだしたのだ。


私も……里に向かう。




月雲の里は、氷に覆われていた。


 一面に広がる氷のパレス。

里がすべて……氷につつまれていた。


焼けた筈の家も殺された里の者たちも。

逃げ惑う人ですらも。


氷と言う結晶体に覆われ包まれていた。


まるで、時が止まったかの様に。


「これは……一体……」


私か弾き出された事もこの時。

理解できた。


何故ならそこには“白雲村長”もいたからだ。


村長は大きな氷の結晶体の中にいた。


「白雲村長!!」


氷の壁は厚く冷たい。

両手で叩いても何の手応えもない。


傷をつけられる気がしない。


結晶体の中でまるで浮いているかのように、白雲村長はいたのだ。


閉じ込められてしまった村長は、目を閉じていた。動かない。


凍りついているみたいに、生命の躍動を感じない。真っ青な顔。


凍てついた状態でそこにいた。


その姿を見て……私は、氷の洞窟で“封印”されていたルシエルを、思い浮かべた。


ルシエルもこうして大きな氷のなかにいたのだ。まるで眠りについているかの様に。


「お前と同じ……」


隣で変わり果てた里の様子を見ているルシエル。


私はそう聞いた。


「間違いない。“封印”だ。この里は封印された。“禁呪”を使ったんだろう。」


ルシエルは大きな頭を空に向けた。

見上げるその頭に、吹雪がちらつく。


「禁呪……。アレは聞き間違いではなかったか。」


私は氷の中の“優しい人”を見上げた。

村長の言っていた“言葉”を思い返した。確かに“禁呪”と、そう言っていた。



“使ってはいけない”


術や魔法、力。

それらがこの世界には存在する。


月雲の民の使う“聖霊術”にもそれは存在する。


禁断の術。そう言われ“禁呪”とされている。


禁呪は“偉大で凄まじい力”を持つが、その反動も強い。


その為……使う事を禁じられている。


何が起きるかわからないからだ。


“強大な力”にはそれ相応の“リスク”が、生じる。それは教えられてきた“ことわり”だ。


「里に“結界”を張ったな。黒龍どもが死んだのもそのせいだ。結界は“禁呪”だ。この地は“封印”された。二度と目覚めない。」


ルシエルは里に視線を向けていた。


後ろ姿だが……少しだけ、哀しそうに響く。その声が。


ルシエルは封印を解かれ……私と共に、この里に寄り付いていた。


同郷とまではいかないが、感慨深いものがあるのかもしれない。


「里の者も目覚めないのか……」


氷ついた里の中を、私とルシエルは歩いた。


そんなに広くはない里の中も、何故かとても広く見えた。


氷に包まれた里の人たちは、誰一人として動かない。


無残な姿で氷ついてしまった人もいる。

逃げ惑う姿そのままに……閉じ込められてしまった人も。


美しい姿ばかりではない。


まるで“死の墓標”だ。


「月雲の民は……“絶滅”だ。瑠火。お前を遺して。」


隣で里の中を見ながら、ルシエルはそう言った。


焼けてしまった小屋すらも氷のなかだ。


「……これで良かったのかもしれないな。」


私は里の中心。

村長の家の前で目を閉じた。


戦うことを忘れ……恐れた民。

生きる希望を見失っていた里の人たち。


彼らは……こうして永遠の眠りについた。


私は……“月雲の里”をこの日。

見捨てる事になった。


何も出来なかった。


それは事実だ。


私を慕ってくれた幼子たちも……皆。


この日……いなくなってしまった。




▷▷▷▷


「氷河を越えるつもりか?」


里は凍りついてしまった。


私の家ですらも。


ルシエルと共に里を出て、雪原を歩く。


「越える。この島にいる意味はない。」


氷河を渡るにはあと……3日はかかる。

その頃になれば吹雪も少しは止み、氷河は割れる事もなく、揺らぐこともなく大きな架け橋になる。


この島を出る事が出来るのだ。


氷河の海を渡る。


「やっと出れるのか。この島を」


隣の大きな黒狼犬は嬉しそうにそう言った。


「ルシエル。そろそろ戻れ。そのままで彷徨くつもりか?」


こんな巨大な狼犬を連れ歩く趣味はない。

さっさと“捕縛の檻”に戻してしまおう。


「やだ。狭い」


不貞腐れた様な声が聞こえる。


「丁度良さそうだけど?」

「そんなワケあるか!」


私は腰元につけている黒い水晶球を、手にした。


「ルシエル」


それをルシエルに向ける。


「やなこった!」


不貞腐れた声は変わらず。


はぁ。


仕方ない。


ため息が溢れる。


「“雷光らいごう”!!」


私はとっととルシエルに、雷の発動を放った。


「瑠火!!」


ルシエルは脳天から稲妻を突き落とされて、雪の上に倒れた。


突然のことで逃げるスキも無かった様子。


ぷすぷすと金色のトサカ辺りで、焦げる様な音をたてながら、ルシエルは冷たい雪の上に、横たわった。


捕縛の檻を私は向ける。


「大人しくしてくれればいいのに。」

「悪魔だ!!」


大きな黒い狼犬のルシエル。

紫色の眼が何とも潤んで見えた。


「“捕縛”!」


私が叫ぶと黒い水晶球の中にルシエルの身体は、吸い込まれる様に入ってゆく。


大きな巨体はこの円球のなかで、小さな小型犬の様に変わるのだ。


檻篭の中に納まったルシエルを、私は見つめる。


「悪魔!! 鬼!!」


喚くルシエルはさっきまでの獰猛さも、気高さもない。


可愛らしい姿そのままだ。


鉄格子の様な檻の中で不貞腐れた顔をしている。


「何とでも。あのままじゃ“敵意”を売って歩いている様なものだ。面倒臭い。」


これはかなり本音だ。


確かに力は欲しいが、面倒な争い事は好まない。私は荒くれ者ではない。


「人にいきなり雷落とす奴のセリフか!? 大きな肉よこせ!! 許さんぞ!」


檻篭に体当たり。

彼の反抗的態度にももう慣れてしまった。


私は腰元のベルトにカチッと引っ掛ける。


この水晶球の上には鎖の様なものがついている。それをベルトの紐に引っ掛けて留めておける様になっている。


この装飾は“土職人ドワーフ”の繊細な技術だ。


彼等は“土竜”の様に土の中に住む職人だ。美しい装飾を施す不思議な者たちだ。


この雪の底にも彼等の棲家はある。


「スノーマウント辺りが出てくれるといいな。保存食になる。」


吹雪の舞う深い雪の中を歩く。

とりあえず落ち着ける場所を探さなくては。


あと……三日はここにいなくてはならないのだ。


「スノーマウント? ああ。それはいい。あの軟骨はウマい。」


「その前に寝床を探す。」


氷河を渡るまで。

私とルシエルはこの“禁忌の島”で時を待つことにしたのだ。



▷▷▷▷


吹雪の中で……私は今晩の夕飯。


それを目の前にしていた。


狙っていた“スノーマウント”が現れたのだ。

いつもなら群れでいるアイスタイガー。それがいないのは、あの黒龍のせいだろう。


彼等は慎重だ。

得体の知れない気配を察知して、この辺りからいなくなったのだろう。


夕飯を半ば諦めかけていた時だった。


吹雪の中をゆらりと歩いてくる、大きなイノシシに似た魔物が現れたのだ。


姿はイノシシだ。

だがその巨体さは、マンモスに近いものがある。


コイツは成年だ。

もう少し年を行くと殆どが非常食向きになる。つまり、肉が硬くなる。


ラッキーな遭遇だった。


白い毛に覆われたスノーマウントは、頭の上に一角獣の様な長いツノがある。


これは軽い槍にもなる。


「ついてるな。あのツノは売れる」


装飾や武器になる“ツノ”は、高価な取引がされる。象牙なんかもそうだ。


魔物は私達の懐を充分に潤してくれる存在でもあるのだ。


「肉! 肉! 肉っ!!」


檻篭の中でがたがたと動き回る。はしゃぎ回るルシエル。


その物音を聞きながら、私は剣を握る。


「うるさいな。」

「肉! 肉!!」


もう放っておこう。

何を言っても肉しか返って来ないだろう。


スノーマウントは単体行動が基本だ。

群れを作らない。


それでも絶滅危惧種ではない。

不思議な生態系だ。


一角獣宛らの長い角から、雷撃を放つ。スノーマウントは雷属性であり、氷属性の耐性を持つ。


ここは私の得意とする“火の発動”で、攻撃するのが得策だ。


この地にいる魔物は、殆どが火属性には弱い


「“火炎舞”!!」


大きな身体を紅炎の渦が包み込む。

この技は身体の周りを炎が包み焼き尽くす術だ。


この巨体を身動き出来なくするもってこいの術。


スノーマウントは巨体の癖に、スピードがある。


突進してきて雷撃で攻撃してくるのだ。


炎に囲まれながらもツノから雷撃を繰り出す。


電撃に近いこの攻撃は、食らうと身体を穿かれる。


強力な技だ。


「“飛翔”!!」


雪の中を地走りの様に駆け巡る電撃。走る稲妻だ。


それを跳躍で躱す。


まるで雪を抉る様に雷撃は走る。

溶ける。


その電熱で。


「炎で焼かれてないよ?」

「わかってる。黙れ」


最近のルシエルはイチイチ……解説しつつ、皮肉を言ってくる。


あーうるさい。


スノーマウントの身体は炎に包まれつつも、焼かれない。


多少は効いてるみたいだが、焼き尽くされない。術耐性に長けているのだろう。


雪の中に着地すると、直ぐに駆け出す。


それならば斬りつけつつ破壊していくしかない。


大きな身体を焼き尽くすには、大量の力を使いそうだ。


「瑠火! なんで火炬かきょうを使わないんだ?」


ルシエルが檻篭の中から叫んできた。


「疲れるから」


それしかない。

理由は。


火炬は火の発動の中の大技だ。私は一発放つだけでもかなり、体力消耗と聖霊力チャクラを使う。


つまり……“余り使いたくない”。


一撃必殺と言うのは……反動がでかいのだ。


「あー。瑠火は弱々だからな。」

「燃やすよ」


ルシエル。

最近……口が止まらなくなったな。


そうは言ってる間も、双剣はスノーマウントの身体を突き刺す。


火煉。


剣を突き刺しそこから爆破。

斬りつけと爆破の二段攻撃。


幾らデカい身体でも爆撃は、かなりのダメージになる。


一撃必殺を与える事は出来ないが、身体を細かく傷つけていくのが、私には得策だ。


腕力と剣技の大技を持ち合わせていないからだ。


スノーマウントの白い毛に覆われた身体から、焦煙があがる。


毛に覆われた身体が爆撃で傷ついているのが、見える。


それでもスノーマウントは倒れない。


電撃を角に溜め始めた。

長い角は薄茶だ。

そこに緑の閃光が流れる。


「デカいのがくるな」

「焼き焦げ!!」


コイツはエールを送ってるつもりなのか? それとも……嫌味か。


ルシエルのよくわからない興奮な声を聞きつつ、私は風刃を放つ。


スノーマウントの身体を風の手裏剣で、切り裂く。


「流石に強靭だな。倒れない」


風刃で切り裂いてもスノーマウントは、怯まない。敵ながらアッパレだ。


仕方ない。

ここは……“旋風”でこの巨体を切り刻む。


旋風は竜巻だ。


どんな巨体もトルネードの中で、切り刻まれる。弱体化させて止めに“火炎焦”。


私はスノーマウントの電撃を予感しつつ、後ろに下がった。


角から電撃が来るのがわかったからだ。


だが、スノーマウントの後ろに人影が見えたのも、そんな時だった。


吹雪舞う中でその者は、ふらふらと歩いて来ていたのだ。


うっすらと浮かぶ人影。


今にも倒れそうなその歩き方。


弱っているのがよく見える。


「瑠火!」


ルシエルの声に……私は、スノーマウントに視線を向けた。


電撃が放たれた。


「“旋風”!!」


スノーマウントの身体めがけ、私は碧色の竜巻を放った。


電撃は竜巻を突き破って向かってくる。


一歩……遅かった。

相殺するつもりだったが、そうはいかなかった。


地走りしながら向かってくる電撃に、私は飛翔を使い躱す。


ひらりと電撃を避ける。


そのまま……スノーマウントめがけ、火の発動。


「“火炎焦”!!」


トルネードの中で切り裂かれているスノーマウントに、火炎放射を放つ。


電撃は私の後ろの方で閃光放ち飛爆する。


風に煽られつつも私は、スノーマウントに火炎放射を放ち、その身体が焼かれてゆくのを見つめていた。


紅炎がスノーマウントを覆い焼き尽くす。


「腹の肉ぐらい残るよな?」


ルシエルの心配そうな声が聞こえる。


雪の中にスノーマウントの巨体は、倒れこんだ。


「残るよ。」


雪が舞うその地面の向こう側で、見えていた人影はいなかった。


倒れてしまったのか?


私は焼かれていくスノーマウントの横を、駆け抜けた。


「え!? なんで!? 肉!!」

「人がいたんだ。」


ルシエルの切羽詰まった声が聞こえるが、私にはさっきの人影が気になった。


雪の中にその者はいた。


倒れ込んでいた。


既にその身体には白い雪が被っている。


青い服にブロンドの髪。


「なんだ? コイツ? 変な格好だな。」


ルシエルがそう言うのもムリはない。

薄手の服装なのだが、見た事の無い格好だ。


それに両耳についてるリングのピアス。シルバーなのだが……余り見ない装飾デザインだ。


これが……私と、久我愁弥くがしゅうやの出逢いだったのだ。


















































 

 

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