第2話 破滅の幻獣:『捕縛の檻』
大きな狼犬に、あの波動を撃たせない為には動くしかない。
私に照準を合わせられなくするしかない。
その為には、手数。
徐々に弱らせる。
間合いーー、ルシエルの懐に飛び込むと、私は火煉での攻撃に変えた。
飛び技を使い、一気に仕留めようとすれば、さっきの攻撃をされるだろう。
そうなると、防げない。
認めたくはないが、格上だ。
ならば、この火の爆破で体力を奪いつつ、弱らせるしかない。
しかも……奴の視界に入ってはいけない。
動き回り、黒い波動を撃てるタイミングを失くさせるしかない。
私は足や腹。
背中に回り、剣を繰り出す。
全身を斬りつけられながら、爆破する身体に、ルシエルは、私を探す。
その身体が、頭が私を追うのだ。
元よりスピード勝負は得意分野。
翻弄するのが“月雲の民”の戦術だ。
卑怯で姑息だと罵る者もいたそうだが、腕力と体力、剣技。それで、戦士や騎士に敵う訳もない“一族”の、生き残る戦術だったそうだ。
遣われ方も“忍びや隠密”が、多かったと聞いた。
「この人間が! ちょこまかと!!」
カッ!!
ルシエルは私が足元にいるのを見つけると、波動を放った。
「“飛翔”!!」
風の発動。
波動が飛んでくるのを見ると、飛び上がる。
風の力を使って。
飛ぶと直ぐに、ルシエルの頭上から剣を振り下ろす。
眉間。
そこを突き刺した。
ボンッ!
火煉が爆撃を与える。
ルシエルは、その爆撃に怒り狂った様に吠えると、辺りには波動を放ち始めた。
洞窟の中は、波動が放たれ氷の壁が破壊されてゆく。
地面にすら穴が開き粉砕する。
地響きと大きな揺れが、洞窟の中を包み込む。
「よせ! 崩れる!」
私は着地するが、ルシエルは暴走中。
最早、私に向けての波動ではない。
所構わずだ。
洞窟内のありとあらゆる氷の壁めがけ、黒い波動を放っていた。
「このバカ狼!」
私は波動を避けつつ頭上から、ルシエルめがけ
「頭を冷やせ!! “
“水の発動”。
水が滝のようにルシエルの身体を覆う。
これは、敵を溺死させる術だ。
この水の滝の中に閉じ込め、動きを封じ息の根を止める。
治癒や護りの多い水の発動の中の唯一の、攻撃の術だ。
だが、ルシエルの波動はその“水雨”すらも突き破った。
まるで洪水の様に、地面に水が流れたのだ。
「バカ力め!」
「死ね! 小娘っ!!」
ルシエルと私の眼が合った。
揺れる地面に立つ私と、ルシエルの視線が一致したのだ。
まだ……覚えたてで使った事はないが。
私は“雷の発動”を試してみることにした。
これは
氷の岩が上から落下する音が響いた。
辺りではさっきから、氷の塊がボコボコと落下している。崩れ落ちているのだ。
ルシエルの波動で、この洞窟が崩壊しようとしている。
新術ーーは、
慣れていないからそうなる。
これがきっと最後の力だろう。
「“
“雷の発動”
蒼白い閃光と紫色の光の雷の槍だ。
それは、ルシエルの身体を貫かんと落ちる。
稲妻の大きな槍が、ルシエルの身体に突き刺さる。
「ぐぅ……」
波動を放とうとしていた口から、苦しそうな声が溢れた。
どうやらこれは効いた様だ。
ついでに電撃が流れる様になっている。
水を浴びたルシエルの身体には、相当なダメージになったのだろう。
「“十戒”」
その声に私は驚いてしまったが、それよりもルシエルの身体の周りに、黒い光の鉄槍の様な物が落ちてきたのだ。
ガンッ!
ガンッ!
と、ルシエルを囲む様に黒い槍は柵の様に、氷の地面に突き刺さる。
それはまるで黒い十字架の様なカタチをしていた。
鉄柵。
ルシエルを囲いそれらは、蒼白い光を放った。
まるで電流だ。
「ぬぅぅ!!」
痛いのかはわからないが、ルシエルはその電流の様な光を全身に浴びながら、顔を顰めていた。
黒い十字架の柵が檻の様に囲み蒼白い電流を、それぞれから流す様に放っていた。
その中でルシエルの身体はやかて縮んでゆく。
「瑠火!!」
その声に振り返ると、
崩れかけている洞窟の入口から、私に何かを放り投げた。
私はそれを受け取った。
ぱしっと。
黒い円球だった。
水晶体の様だが、前にはまるで檻篭の様な形状。
今は開いているが、これは完全に檻だ。
「掲げよ!」
村長の声が聴こえた。
私がその円球を掲げた。
ルシエルに向けて。
「“捕縛”!!」
と、村長はそう叫んだのだ。
すると……
ルシエルの身体がまるで吸い込まれるかの様に、その中に入ったのだ。
「え?」
確かに縮んではいたが……。
がちゃん。
と、円球の開いていた檻篭の柵は閉まった。
「わ! コラ! 出せ! なんだこれは!?」
ん? 声が幼い。
それにさっきまでの野太くてイカつい声じゃない。
「ルシエル?」
檻の中にいたのは、縮んだルシエルだった。
姿は変わらないが、小さくなっていた。
この掌サイズの円球に入ってしまうほどだ。
「この小娘!! 出せ!! 出さんか!!」
ガンッ! ガンッ!
と、檻に体当たりしている。
頭突きだ。
「瑠火よ。」
え? 村長!?
いつの間に。
白雲村長は、私の傍にいた。
「“契約”を交わすのじゃ。お主の右人指をその者に噛ませよ。」
白雲村長の眼は本気だ。
「契約?」
指を噛み千切られる気もするけど。
「本来なら“召喚獣”と、“召喚士”としての契約になるが、今回はそうではない。お主は“召喚士”としての加護を受けておらん。その力も授かってはおらん。」
召喚士としての力。
そうなのか。加護と言うのが必要なのか。
知らなかった。
「“幻獣との契約”には、“血印”が必要となる。お主の血と幻獣の血。それが“契約の証”だ。」
「血印?」
そんな“仕来り”があることすら知らなかった。
ただ、幻獣を見つければ力を借りられると思っていたからだ。
「ワシが“血印”を施してやろう。契約の印を結んでやる。」
私はとりあえずルシエルに、檻の隙間から人差し指を差し出した。
「噛み千切らないでね。」
「う〜……」
ルシエルは意外とすんなりと受け入れた。
私は唸りながらも、人差し指に齧りつくルシエルを見ていた。
がぶっとされたので、痛いことは痛いが……そこまでの、痛みではなかった。
人差し指には噛み跡。
そこから紅い血が滴る。
「お主もじゃ。」
白雲村長の紅い眼が、檻の中にいるルシエルに向けられた。
強く見据えている。
ルシエルは頭を低くして、顔を顰めていた。
「けっ。こんなんじゃ外に出られなそうだしな。仕方ない。“契約”してやるよ。」
とても不貞腐れているのがわかる。
顔が歪んだ。
それにため息までついた。
姿は狼犬だが、どうやら人間並みに感情表現が豊からしい。
表情も面白いほどに変化する。
普通の魔物とは違うんだな。
ルシエルは、右前足を上げると自分で噛み付いたのだ。
黒と赤の混じるその前足に、牙の噛み跡。
そこから紅い血が滴る。
「瑠火。その血を指で拭うのだ。お主の血と合わせよ。」
私はその声に人差し指を、ルシエルの差し出した前足に、つける。
ルシエルは不貞腐れたままそっぽ向いていた。
さっきまでの暴れん坊はどこに行ったのか。
ルシエルの血を拭う。
人差し指を檻から出すと白雲村長は、私の右手を掴む。
村長の右手、人差し指が蒼白く光った。
その指で私の人差し指の周りを、まるで8の字を描く様に動かした。
すると、私の人差し指が光る。
血がついている辺りが、紫色に光ったのだ。
浮かび上がるのは、“印”だった。
それは一文字なのだが、字の様でもあり紋の様でもあった。
だが、その光は一瞬で消えた。
村長の指の光も消えていた。
「これで“捕縛の檻”を開けられる。そうすればこの“幻獣”を外に出し、共に戦う事が出来る。」
白雲村長は樫の木の杖を持ち、そう言った。
「……捕縛の檻?」
「ワシが作った特製の檻だ。“結界印”を踏んでおるでな。その中では、幻獣も力を使えん。」
なるほど。だから小型になったのか?
と、呑気に話をしている場合ではなさそうだった。
この洞窟の崩壊は止まらなそうだ。
壁が崩れ落ちている。
それに高い天井からも、氷の塊が降ってきていた。
地面に落ちるその鋭い塊は、粉々になった。
「いかん。崩れるでな。」
「行きましょう。村長。」
とにかく……白雲村長を、無事に連れ出さなければ……。
私は、村長とルシエル連れて崩落する洞窟から、抜け出したのだ。
▷▷▷▷
私達が山を降り……雪原に辿り着いたのと、洞窟のあった辺りが、崩れ落ちたのは殆ど同時だった。
氷の山はまるで段差がなくなったかの様に、下がったのだ。
強い震動はあったものの、氷の山がそれ以上……動く気配はなかった。
健在だった。
「落石もなさそうじゃな。押し潰されただけですみそうじゃ。」
「ええ。自然の恐ろしさを目にした様な気がする。」
本当だった。
あの洞窟も立派な空洞だ。
それが押し潰されただけで、済んでしまった。
つまり……この氷の山はそれ程に頑丈なのだ。
崩れ落ちる事はないのだろう。
私と村長は歩いて里に戻ることになる。
雪の中を歩く。
掻き分けて進むしかないが、私も村長も慣れている。
私は手に“捕縛の檻”とやらを持っている。
掌の上でルシエルを眺めた。
「“破滅の幻獣”って言ってたね? なんであんなとこにいたの?」
私がそう聞いた時だ。
「破滅の幻獣とな?」
と、村長が隣で声をあげた。
だが、直ぐに顎髭を触りながら
「ルシエル……。そうか。何処かで聞いたことがあると、思っていたが……」
と、そう言ったのだ。
「知ってるの?」
村長はどう見ても険しい表情をしていた。
だが、口を開いた。
「その者は、二度の大きな戦争を経験しておる“幻獣”じゃ。一度目は、“聖神戦争”。二度目は五十年前の……“アストニア大戦”じゃ。」
吹雪の中を私と村長は歩く。
「アストニア大戦……。確か……“大陸”の戦争だったね? アストニア帝国軍と“連合国軍”との戦争だっけ?」
どちらも大きな戦争である事は間違いないが、私には“聖神戦争”の名前の方が、記憶にこびりつき焼き付いている。
月雲の民が迫害されたのは、その戦争のせいなのだから。
「そうじゃ。七大陸と呼ばれる大陸があった。そこはそれぞれが統治国家。その一つ“アストニア大陸”を統治する国。アストニア帝国が、隣の大陸を支配しようとした事が始まりだ。」
雪を掻き分けながら歩き、その中で話を聞く。
「アストニア帝国は、七大陸全てを手に入れるつもりでおった。その為……大きな戦争に発展したのじゃ。」
村長の険しい表情が、吹雪の中でもハッキリと見える。
「どうなったの?」
私がそう聞くと
「アストニア帝国が勝利だよ。けどな。俺様達は、“追放”だ。」
大きなため息ついたのは、ルシエルだ。
「お主は“破壊”しすぎたのじゃ。アストニア帝国軍が勝利した裏には、こやつら“幻獣と召喚獣”の活躍があったからこそじゃ。にしてもお主はやりすぎだ。二大陸を海に沈めたのじゃからな。」
村長がため息ついた。
「え? ルシエル。そんなに力があるのか?」
とてもそうは見えないが。
「此奴が“破滅の幻獣”と呼ばれる由縁じゃ。その名の通り破滅させる。」
村長の声に、私は小さな黒い狼犬を見つめた。
「お前……そんなに力があるのに、何でそこにいる?」
「お前が入れたんだろ! 何言ってんだ!」
と、牙を剥き出しにして怒鳴ったのだ。
ふぅ。
村長が息を吐いた。
「“禁縛”でな。ルシエルの力は半分程度まで、封じられている。だからこんな“辺境の地”で閉じ込められていたのだろう。」
「ああ。“おしおき”されたのか?」
「その言い方やめろ! なんか凄いイヤだ!」
小さなルシエルは、いくら吠えても可愛いものだ。なんだか愛着すらわく。
「その力は解放されたりしないの?」
「どうじゃろな。禁縛を解く術はあるじゃろうが……。ワシにはわからん。月雲の術ではないからな。“魔術”じゃ。」
村長は顎髭触りながら、首を傾げたのだ。
魔術か。私もよくわからない力だ。
「アストニア大戦は、アストニア帝国が勝利を治めたが、その代償も大きかった。それ故……五大陸となった事もあり、協定を結び終幕したのだ。」
五大陸……。
いつかは行ってみたい。
そうゆう所なら、きっと得られる情報も多いはずだ。
色んな人もいるだろう。
ふんっ!!
と、鼻息荒いのはルシエルだ。
フセてしまった。
「仲良くするなら戦争なんかしなきゃいいんだ! 俺様をこんな所に、閉じ込めやがって!」
「だから。お前が悪い。」
私はとりあえず突っ込んでおいた。
力半減のお陰で、手に入れられた様なものだが。
私はこの日……“破滅の幻獣ルシエル”と、契約を交わしたのだった。
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