15 それは必ず、助け手となる

「ティルド」

 名を呼ばれて少年は、魔術師がじっと彼を見ていたことに気づいた。

「私は予見者ではない。だから未来を読むことはできぬ。しかしそれでも見えるものはあるのだ」

 感じるもの、と言った方が正しいかもしれんな、と公爵は言った。

「聞け。お前の旅路は、お前自身はもとより、私が考えているよりも遥かに長いものになるやもしれぬ。だがそれを――躊躇うな」

「……はあ?」

 ティルドは目をぱちくりとさせた。どんなに長引いても最長で半年。そのはずである。祭りに遅れれば、何の意味もないだろう。

「そうではない」

 少年の困惑を見て取り、魔術師はゆっくりと言った。

「お前は祭りのためだけにこの星に選ばれたのではない。祭りよりも――冠だ。蓮華の飾り、紫水晶、それを忘れるな」

「……まあ、よく判らないですけど」

 相変わらず、魔術師の言うことは判らなかった。だろうに、とは、どういう意味なのだ?

「忘れないように、努力しますよ」

 少年は肩をすくめた。と――魔術師の暗い瞳に暗い炎が宿ったようだった。

、ティルド・ムール。決して、

「ローデン……閣下?」

 宮廷魔術師の様子は、これまで彼が見ていたものと異なった。

 不吉な黒いローブ、明るい髪と暗い瞳、そう言った外見を怖れることはなくなったのに、このときティルド少年は、目前の男を怖ろしく感じた。

 魔術師だからというのではない。いや、それとも魔術師だから。

 無知から知らぬものを忌み嫌うのではない。いま彼がローデンを怖れるのは、魔術の片鱗に触れたため。

「よく聞くのだ、ティルド・ムール。お前の道は思いもせぬ方角に進むであろう」

 ローデンの声の調子が変わったというのではないのに、ティルドにはずいぶんと低く、重く、感じられたのだった。

「方角?」

 少年はおそるおそる、繰り返した。

「――西」

 魔術師は神託でも告げるように、言った。

「道が途切れたときは、近しきものを思い出せ。それは必ず、助け手となる」

「西、って……」

 意味は判らなかった。

 いや、それとも、判った。同時にやはり、判らなかった。

 南東に行って戻ってくる旅路のどこに、西方の関わる余地があろう?

 近しきものが、助け手に?

 いったい――何のための、助けになると言うのか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る