14 ローデンの心配

 一通り叫んではっとする。ローデンはヴェルフレストの臣下ではないが、その父の忠臣であり親友である。

「成程」

 だがローデンは、ティルドが案じたようには若者の、仕えるべき相手への悪口雑言を咎めることはせず、むしろ面白そうに笑っていた。

「リーケル・スタイレンを巡るヴェル様の恋敵というのがお前のことだったか。第三王子殿下が宮廷魔術師の意見に同意してくださるのは何故かと訝っていたが、話を聞けば何のこともない。そうか、それだからお前も、近衛への配属替えを任務達成の報酬に要求した訳だな」

 成程、と魔術師公爵は繰り返し、座るようティルドに促した。面白そうにされて彼としては面白くなかったが、仕方なく上等の椅子に腰かける。ローデンもその向かいに座った。

 黒いローブ姿は、相変わらず不吉な感じを思わせる。

 しかし話をするうちに、ローデンを意味もなく怖れることは馬鹿げていると思うようになってきてはいた。

 彼は、お伽話の「悪い魔法使い」のようには、少し機嫌を損ねたくらいで少年をワックに変えたりはしない。もう少し現実的には、どうやらクジナの趣味もなく、触ってくるようなこともない。

 ただ、それらは決してエイファム・ローデンを侮ってよいということにはならない。

 ティルドは、魔術師だからとローデンを怖れることはなくなったが、彼がローデン公爵その人であるという理由で、怖れる。魔術師だからではなく、この男を怒らせればただでは済まないと感じるのだった。

「詳細は、覚えているだろうな?」

「レギスの街でポージルとかって商人トラオンに会いに行けばいいんですよね。親書を見せれば〈風読みの冠〉を貸してくれるから、俺はそれを大事に持って帰ってくればいい、と」

 合ってますかとティルドが両手を広げれば、ローデンは、間違ってはいない、と――嘆息した。

「……何でそこでため息なんですか」

「冠の外見については」

「えと、確か何か花の飾りがついてるとか」

 また魔術師は嘆息した。

「ええと」

 ティルドは記憶を呼び起こす。

「リエラ?」

だ、蓮華だぞ。それに紫水晶《フォールカ》のはめ飾り。金の輪は非常に細い、扱いにはくれぐれも気を付けるように」

「判ってますよ、でも壊れないように立派な箱に入ってるんでしょ」

 気軽に返した少年は、睨まれた。だがティルドは平然と肩をすくめる。

「外見なんて、覚えたって意味ないんじゃないですか? ポージル商人が偽の冠でも渡す気だってんなら別ですけど」

「まさかそのようなことはしないだろう。意味がない」

 ローデンはそう言いながら、しかしまた息を吐く。

「軍団長らがお前の心配をしていることは知っているが、私は違う意味で心の底から心配だ」

「……そりゃどうも」

 心配心配と言うが、たかだか行って帰ってくるだけの何が心配だと? レーン小隊長などが彼の技量を案じるのは判らなくもないが、リーケルに言ったように「山賊退治でもあるまいに」というのが彼の感想だ。

 しかし――。

 ティルドはふと思う。

 ローデンの心配は何であろう。

 単に〈風読みの冠〉の無事であろうか。祭りまでに、頼りない使者が冠を壊さずにちゃんと帰還できるかどうかを危ぶんでいる、だけだろうか?

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