09 冗談みたいな話

 ローデンは、詳しい話はあとだと言った。

 翌夜に再び呼び出されたティルドは、確かにさまざまな詳細を聞かされた。

 と言ってもそれはティルドが望んだような理由や状況の説明ではなく、〈風読みの冠〉がレギスという街にあることや、レギスに行くにはエディスンからどのような街道を通ればよいか、旅の注意事項に続いてはレギスについたらどうすればよいか、云々といった、言うなればなことばかりであった。

 少年にそれを解説したのは宮廷魔術師ではなく、軍団長マッカスと小隊長レーンを中心とした、やはりな面子で、彼らのほかにはティルドが顔を見たこともない神官や学者も混じっていた。

 否が応もなくティルドはこれまでの生涯に覚えた以上のことを教え込まれる羽目になる。それも、たかだか五日程度の短期間でだ。

「レギスまではのんびり歩いたってふた月かそこらだろう?」

 疲労――主には肉体よりも頭の――に思わず愚痴も出るというものだ。全く謂われのない任務に就かされる憤りをまさか隊長たちにぶつける訳にもいかなかったから、わずかな休憩時間にティルドがとっ捕まえるのは友人カマリだ。

「何でこう、すぐさま旅立たせようとするかね? それもひとりで。何の意味があるってんだよ」

 話しかけられた色黒の兵士は真顔を作ろうとしたがうまくいかず、それはどうしてもにやにや笑いとなった。

「文句、言うなよ。こんな好機はなかなかないだろ。ローデン様がどんな星を見たのかなんざ俺にもお前にも、小隊長にも軍団長にも、陛下にだってお判りじゃないだろう。だが、何でか知らないが選ばれた」

 カマリは肩をすくめる。

「滅多にあることじゃないぜ。活躍の機会がないまま一生一兵士で過ごす奴も珍しくないってのに、その年で大好機。羨みこそすれ、同情なんかしてやらんよ」

 友人は気軽く言うが、ティルドとしては冗談ではないと思う。

 好き好んで行く訳ではないし、選ばれたなどと言って誇りに思えるほど純粋に、或いは頑なに王に仕えてはいない。

 彼が成人と同時にエディスン王に剣を捧げた理由は、何とも単純に、生活のためなのだ。

 子供の頃はティルドは、エディスンの近くにある町で両親と兄と暮らしていた。

 しかし、町が魔物の襲撃に遭い、護衛兵であった父も、医師の助手であった母も命を落とした。兄弟はエディスンの親戚に引き取られたが、血のつながりだけで交流があった訳でもない遠戚は決して彼らを暖かく迎えはしなかった。

 それから早く独立をしようと兄はやはり成人と同時に兵役に就いて弟を養おうとしたが、五年ほど前に山賊イネファの掃討の際に大きな負傷をし、剣の道を捨てざるを得なかった。城から出た補償金はそれなりだったが、健康な青少年二人を長く養えるほどの金額ではなく、兄は他都市に仕事を見つけて弟を呼ぼうとした。だが――ティルドはそれを断っていた。

 兄はいまやただひとりの身内だし、喧嘩もするが、仲はよい。

 だがだからこそ、負傷をした兄に生計を頼るのは嫌だった。

 それに、ラルだけを出して、怪我をした兵士を放り出す制度にも腹が立った。自分が立派な兵士になれば、「ムールの兄も怪我さえなければ見事な剣を使っただろう」と認めてもらえる、そんな気持ちもどこかにあったのかもしれない。

 実際的にはやはり、金の問題が第一であったが。

「代わりたいなら代わってやるよ」

 ティルドは投げやりに言うが、そんなことが許可されるはずもない。カマリは再び肩をすくめ、頑張れよと友人の背を押し出すのだった。

 短い準備期間のなかで少年をいちばん緊張させたのはエディスン王カトライから直々に勅令を賜ったときであったが、正直なところを言えば緊張しすぎてよく覚えていない。

 とにかく、彼が〈風読みの冠〉を受け取りに行くのだという冗談みたいな話がどうやら何の冗談でもないらしいとの確信には、至った。

 そんなこんなで、再び宮廷魔術師のもとに使わされたときには、少年は自らの任務に疑いを抱いてはいなかった。いや、自分がその任に就くことに関しては相変わらず疑問だらけであったが、何故か自分に降ってきたことはいまさら疑えない。

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