10 これはお前の運命と知れ
「今日は、何ですか」
ティルドはローデンを前に、そんなことを言った。
王陛下の前に出るときはさすがに礼儀作法を叩き込まれ、教えられた順番通りに教えられたことを口にしたが、その程度の付け焼き刃で気品が上がるというものでもない。彼は彼なりに丁寧ではあったけれど、本来は公爵である宮廷魔術師に対して許される言葉遣いではなかった。
だがローデンは、それを叱責するよりは自分が慣れた方が早いとでも思ったのか、はじめの日のように冷たい視線を投げることはせず、ただ自分の方にくるよう手招いた。
「勉強は進んだか」
「おかげさまで」
ティルドはやはり、投げやりに言った。
「地理にも詳しくなりましたし、冠の運搬方法もばっちりです。判らんことだらけではありますけど、判らなくても任務には支障のないことばっかみたいっすね」
「拗ねるな」
魔術師の言葉に、少年は少しむっとした。子供扱いされたと思ったのである。
「たまたまこの年にお前が選ばれたのは気の毒だとは思う。だが、前回もその前も、こうしてひとりの人間がこの任に就かされていたのだぞ」
「ひとりって……小隊を組んで行ったって聞いてますぜ」
騙されてなるかとばかりにティルドは反論した。だがローデンはうなずく。
「そうだ。ここしばらくは、星の示した人間を含めて小隊を組んでいた。だがそれは本来の形ではない」
「本来」
少年は繰り返した。また、魔術師はうなずく。
「もともと、〈風読みの冠〉は常にひとりが運ぶべきものだ。その運び手は
その言い方に魔法の匂いを感じ取って、ティルドは少し顔をしかめた。
「それじゃ、安全なのは復路だけですか。往路は危険じゃないすか」
しかし魔術師の前で魔術など胡散臭いなどと言うことはできず、少年はそんなことを返した。確かにな、などとローデンは平然と言う。
「ちょっと、ローデン様。そりゃないでしょう」
「だが王の制服を着た人間を襲おうという賊もなかなかおらん。安心しておけ」
「なかなか、ね」
ティルドは唇を曲げた。
「有難いお言葉ですよ」
「小隊を組んでいたのは、見栄えがよいという単純な理由もあってだ。だが此度は古代の形に変える。理由は判るか」
「判りません」
ティルドは素直に言った。正直でよろしい、などとローデンは言う。
「二年前に世界は〈変異〉の年を迎えただろう。覚えているか」
「そりゃ、まあ」
通常一年間は十二の月から成る。だが六十年に一度だけ、人々は十三番目の月を数えた。その年は〈変異〉の年と呼ばれ、十三番目の月には災厄が起こりやすいと言われて、盛大な厄除けの祭りが行われる。よくも悪くも文字通り「お祭り騒ぎ」というやつであり、軍兵になったばかりのティルドは目の回るような忙しさを経験したものだ。
「あの年は、魔術的に非常に大きな流れのある年なのだ」
ローデンは少し眉をひそめて言った。ティルドにはその理由は判らなかったが、それは、魔術師でないものに対してはこの程度の、何の中身もない簡単な説明でなければ通じないことへの、魔術師の苛立ちであった。
「〈風読みの冠〉は風の神の祝福を受けていても、魔術具ではない。それ故、冠が直接に魔力の影響を受けることはないが、風司の儀式には何か変化が起きるかもしれぬ。……ああ、判らぬならよい、聞いておけ」
疑問を差し挟もうとしたティルドを遮るように、ローデンは手を振った。
「此度の儀式は純粋に、古代に近く行うべきなのだ。まだ冠も風司も風神祭も、意義や力を持っていた頃のように」
ティルドは、意味が判りませんと主張しようかと思ったが、おそらくローデンは少年にはさっぱり判らないことなど承知で語っているに違いない。そう思った少年は黙っておくことにした。
「お前はひとりで行くのだ、ティルド。これはお前の運命と知れ。そして冠を手に帰ってくることも。よいな」
嫌ですと言ったところで意味はないどころか、冗談にもそんなことを言えば絞首刑である。ティルドはうなずくしかない。
そう、うなずくしかないのだ。
判らないこと、気に入らないことは多々あれど。
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