08 ささやかな希望
ヴェルフレスト・ラエル・エディスンはエディスン王カトライの三番目の嫡子である。
リーケルの父親であるスタイレン伯爵には何も言われたことがなくとも、実はティルドは、彼女の茶会に呼ばれるようになって以来、ヴェルフレスト王子殿下には幾度か強烈な嫌味を食らっていた。だいぶ歯に衣を着せていたのでそのときにはぴんとこなかったが、いまにすれば判る。要するに、庶民のくせに高嶺の花に手を出すな、ということだ。
「そんなこと、ございませんわ。ヴェル様のお相手はライティア様と言うお話ですもの」
ティルドは貴族の姫様方の名前などは知らなかったからライティアというのがどういう姫なのかも判らなかったが、決められた相手と違う女に惚れることだってあるだろう、ということくらいは判る。王族なら大人しく決められた相手と一緒にいておけ、と言いたくはあったが。
「舞踏会の警護か」
ティルドは思い出したくない男のことを脇に置いて、呟いた。
「うまくすれば」
ふと、脳裏に閃くものがある。
「そうだ、うまくすれば……任務を無事に終えれば、近衛兵に格上げなんてこともあるかもしれない」
近衛兵になるにはある程度の家柄が必要だったが、手柄を立てれば昇進という形で配属されることも皆無ではない。不意にティルドの胸にささやかな希望が輝いた。
「そうしたら、大広間で警護できる。舞踏会でリーケル様を見ていられますよ」
彼女がヴェルフレストと踊る姿、と考えると気に入らないところだが、外で悶々とするよりは脳内で王子の姿を消去しながら姫を見ている方がましだ。
「あら、ティルド様のお姿が拝見できたらとても嬉しいですわ」
少女はにっこりと笑った。
「是非とも、そうなるとよいですわね。けれど決して、危険なことはしないで下さいまし」
美少女にそんなことを言われてにやりとならない男もなかなかいない。ティルドはやはりその例に洩れず、いささかだらしない笑いを浮かべてから、降って湧いた奇妙な任務ももしかしたら運のいい方向に傾くかもしれない、などと楽観視をした。
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