鼻腔の記憶

丸 子

第1話

煙草の匂いがする。

吸ってるのは隣の部屋か向かいのベランダだな。


まただ。

あれから五分くらいしか経ってないのに。

どれだけヘビースモーカーなんだ。




それから一時間後。

あ、吸ってんな。

ここは禁煙なのに、外からの煙草が入ってくるなんて思いもしなかった。

まあ古い集合住宅だから仕方ないけど。



それにしてもいやだな。

どこから入ってくんだ?

キッチン、ベランダ、風呂場、洗濯機の排水管、洗面所、トイレ。

嗅いで回ったけど、どこからも匂わなかった。

なんなんだ、この家は。

玄関から出てみたけど違った。



そして、今、電車の中にいる。

ドアのところに立っている。

まただ。

煙草の匂いがする。

まさか車内で?

駅に着いたとき、咄嗟に外の匂いを嗅いでみた。

匂わない。

でも、煙草の匂いは続いている。



ああ、そうか。

外の匂いじゃない。

自分の中から臭ってるんだ。

そう、これは、この匂いはあいつが吸ってた煙草だ。

あいつの煙草の匂いだったのか。

あいつがいなくなって、もう何年にもなるのに、鼻腔の奥に記憶が残っていたらしい。

まさか、外から匂ってくるんじゃなくて、鼻腔の奥から匂ってたなんてな。




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鼻腔の記憶 丸 子 @mal-co

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