家への帰還

 帰り道は、凄惨の一言だった。

 夜は農業の町マユオの郊外にある小屋で一晩過ごしたが、もうそこへ行く道だけで今回引き起こされた問題の大きさが分かる。


 木は石になり、また石は不思議な植物になり、或いは野菜から手足が生えて畑から逃げ出しているものもいる。

 小屋の壁にはびっしりと大きな蛾が張り付いていたが、顔は全て人間だった。





 食事もそこそこに切り上げ、その日はもう僕らは寝た。

 そして翌日、僕らは農業の町マユオの郊外を通過した。中には入らなかったよ。

 僕は触手の状態でアルフィナ様の胸の中で休んでいたし、遠くの様子は分からない。

 だけど町には巨大な生き物――少なくとも数十メートルはある牛に近い生き物が動いている様子が見えたそうだ。

 それに杉の木のような形をした、巨大な骨の森も。


 だけどこうして通る街道だって酷いものだ。

 見た事の無い生き物や、知らない鉱物がごろごろしている。

 人肌をした林の奥から聞こえるのは、まるで人間の呻き声。

 襲ってくるような猛獣に出会わなかったのは幸運だけど、外の様子は見るだけで気が狂ったように感じてしまうだろう。


 そんな様子は、次の交易の町パケソ、そして境の町アレクトロスもまた同じだった。

 この辺りまで影響は及んでいたんだ。

 街道の石畳に混ざる大きな目を避けてランザノッサの町へと向かう。

 正直言えば不安だった。だけど――、


「良く戻ったな、メアーズ」


「兄上こそ、ご健勝で何よりです」


 メアーズ様のお兄様は無事だった。

 今までは領地が無いので“サンライフォン男爵の息子、グレイス”と呼ばれていたけど、いずれは正式にサンライフォン男爵になるのだろう。

 ただ領地は……メアーズ様との約束が重くのしかかる。



 ここまでの道中でも、時々アルフィナ様の懐から僕を掴みだしては「ラマッセを出していただけません?」と結構怖い顔で要求してきたんだ。絶対に約束の事をただすつもりだ。


「あまりテンタを脅かさないで」


「むしろ、アルフィナが甘やかしすぎなのよ。こいつがわたくしに何をしたか、今度じっくり教えて差し上げますわ」


 それはやめてくれー!





 本来なら兄妹で積もる話もあったのだろうけど、父親の死を伝えて幾つかの言葉を交わした後、メアーズ様は僕らに付いてきた。

 本当の事を言えば、ほとぼりが冷めるまではお兄様の元に居て欲しかった。


 それと、当然ミリーちゃんも一緒だ。

 道中にあった様々な奇妙なもの。錬金術師なら……いや、魔法使いならかなり興味を引くものもあったと思うけど、ミリーちゃんはほとんど興味を示さなかった。

 ずっと無口で考え込んでいるような様子で、時々頭を抱えていた。

 何か事情があるのだろうけど、僕にはさっぱり分からなかったよ。


 道中ずっと御者をやっていたシルベさんもまた、休憩の時はそれとなくアルフィナ様に僕を貸してくれるように頼んでいた。

 でも今はまだどんな危険があるか分からないからという理由でそれは果たされなかった。


 果たされていたらどうなっていたのだろう?

 まあメアーズ様のように食べたりはしないだろうから、やっぱりバステルの事なんだと思う。何か用事がある様だったしね。

 そういやあ、何の用事だったのだろう? 聞いてみたい気もするけど、そういった事は興味本位じゃだめだ。出来ない要求とかをされたら、どう断ればいいのか分からないしね。


 本来なら、もっと生き残った喜びや冒険譚などの話で盛り上がるのだと思う。

 だけど道中の様子はそれを許さず、僕らは口数も少ないまま、静かにカレッサの町――僕が最初に来た、あの町の館へと戻った。





 入り口に8名の兵士。その内2人は魔法使いの鑑札を付けている。

 四方の見張り台にも兵士が詰め、やはり魔法使いの鑑札を感じる。初めて来た時とは違って、恐ろしいほどの厳戒態勢だ。


 でも入る僕らを止める者はいない。全員知っているって事だろう。

 それでも普通は、一応の確認を取るのが常識だ。それがたとえ国王の馬車であってもね。

 それを素通り……関わりたくない。関わり合わせたくない。そんな空気が伝わってくる。

 でもとがめることは出来ない。世界の全てが大きく変わる。その現実を、僕らは見てきたのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る