戻って来たのはいいけれど

 今更だけど、この男爵様の屋敷には3つの建物がある。

 母屋と、その裏手にあるミリーちゃんの工房。そして僕も一緒に暮らしていたアルフィナ様の住む離れだ。

 当然のように、馬車は直接母屋へと到着した。


 中には多数の武装した兵士と魔術師が待機していた。

 全員、物凄い威圧感だ。誰もが一線級。一流の人間達なのだろう。

 僕らは彼らの護る廊下を通り、奥にある居間へと案内された。

 いや、これは居間なんてものじゃないな。奥には書類の束で埋まった机と椅子。その背後から左右にかけての壁には本棚が並び、多数の本や資料が詰め込まれている。

 そしてそれでも足りないのか、床にも雑多な書類が積み重ねられていた。

 どう見ても執務室だ。


「良く戻って来たね。ご苦労」


 そこに座っていた男性に会ったのは初めてだ。

 だけど僕はその雰囲気――というより、発する香りをよく知っていた。


 右手にペンを持っているが、あれは義手だ。かなり高価なものだけど、地位を考えても持っていてもおかしくはない。今の地位がどちらだとしてもね。

 魔法で動かしているのだろうけど、木彫りの鳥を動かすよりは簡単だろう。


 歳は中年といった感じか? 本当はもう少し若そうだけど、深い苦労が端正な顔には刻まれている。

 髪は金髪で肌は白い。どことなくコンブライン男爵に似ているけど、多分当然だ。

 あの人もまた、アルフィナ様の血縁者に間違いは無い。この人のお兄さんか弟……そんな所だろう。

 そして長い事、男爵としての地位に就いていた。そう、本物が引退してからの間ずっと。


「サンライフォン男爵家の方々に会うのは初めてだね。私がベルトウッド・ワーズ・オルトミオン。以前はコンブライン男爵の地位に就いていた者だ。今はもう男爵の地位を弟に譲りオルトミオンとなったが情勢が情勢でね。こうしてまた男爵の仕事を引き継いでいる」


「こちらこそ初めまして。サンライフォン男爵家の長女、メアーズ・サンライフォンと申します」


 メアース様が淑女らしく会釈すると、入り口に控えていたラウスも礼をする。


「今回の一件では娘が迷惑をかけた。その労には正しく報いたいと思うが、今の私にはそれほどの権限が無くてね。詳細はアルフィナと話し合ってくれ」


「私とですか?」


 いや、悪いのはアルフィナ様じゃないだろ!

 そう文句を言いたくなったけど、なんか他にも聞きたい事がある。でもそれよりも、今はアルフィナ様の方だ。


「当然だろう。男爵家の跡取りは君だよ、アルフィナ。私はワーズ・オルトミオンになった以上、元の地位に戻る事は無い。今は非常事態だから君の仕事を代行しているに過ぎないのだよ。事が落ち着いたら王都へ行き、正式に叙勲される事になる。それが嫌なのであれば、それまでに誰かと結婚しておく事だ」


 一瞬絶句したアルフィナ様であったが、すぐに冷静さを取り戻した。

 道中、僕らはコンブライン男爵が亡くなっていた事を話した。その時から、こうなることをある程度予想していたのだろう。


「それと、今回の一件に関する詳細は全て書面に纏める事になる」


 そう言うと、奥に控えていた連中がぞろぞろと入って来る。

 全員兵士ではない。同じような灰色のローブを纏った人間で、男女両方とも居る。武器は持っていない。代わりに持っているのは……紙の束か?


「君達が見た事、聞いた事、知った事。それらを全て話してくれたまえ。彼らがそれを書類にし、今回の顛末を王都に報告する事になる。まあ一ヵ月は掛かるだろうが、休息も兼ねてゆっくりやってくれ。それでは話は以上だ。作業は2階ですると良い」


 何だろうか……あれほどの事態なのに、実にあっさりしたものだ。

 世の中こんな物なのだろうか?


 ……等と考えたのは、本当に甘かった。

 世の中こんな物ではなくて、僕が無知なだけだった。

 書類作りは地獄の尋問だと言って良い。どんなことでも事細かに聞いてくる。

 当然、全てを覚えているわけがない。でもそんな言い訳は許されない。

 本当に元男爵が言ったように、見た事、聞いた事、知った事。それらを全部話しては彼らが書類にする。

 しかも、それを何度も繰り返す。


「宿場街道の話は、これで100回は話しましたわ」


 メアーズ様もキレ気味だ。


「串に刺したキノコの本数がちがいます。概ね11本となっていますが、9本と13本である事もあります。刺した時の悲鳴も、キエレレレレレであったりギヒニヒィだったりと統一感がありません。個体ごとに違うのであれば、どのキノコが何と発したか、それを正確に教えてください」


「そんな細かい事、全ては覚えていませんわ!」


「では全て思い出してください。この一つ一つが、今後の大切な資料となりますので」


 終始そんな感じで、全員のイライラも頂点だ。

 だけど悲劇を繰り返さないためにも、そして万が一の為にも、どんな些細な事でも残しておかないといけないのだろう。大変だなー。

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