教会戦の終わり

 パチパチと木が燃える音が鳴っている。

 教会が火事ってわけでは無いよ、ただの焚火だ。


「あら、テンタが戻ってきましたわ」


「落ちて行った穴も戻っているね。だから心配ないって言ったじゃん」


「ふう……私のような一般人には訳の分からない話ね」


「もう、あまり心配かけないで」


 駆け寄ってきたアルフィナ様が、僕を拾い上げギュッと抱きしめる。


 ミリーちゃんはラウスの治療中だ。かなりの重症に見えるけど、ミリーちゃんの言葉に悲壮感はない。

 いやだけど結構きつい性格しているからな—。死ぬなら仕方ないとか考えていそうでちょっと怖い。


 シルベさんは教会の中を見回っている。

 散乱しているのは死体の山。幸いまだそれ程腐敗していないけど、夏の暑さが教会内にも浸透し始めている。腐るのも時間の問題だろう。


 それよりさ……メアーズ様は何やっているの。

 どっかで拾ってきたのだろうか、貴族様がよく使う細身の剣レイピアに青い眼玉を突き差し、それを焼いて食べている。

 すみません、理解が出来ません。確かによく見れば人間とは違うけどさ。大きさとか、デカいしね。


 だけど食べる? 普通。

 しかも微かだけど、神の残り香のようなものを感じる。傷つく前は分からなかったけど、これが使徒の本体だったんじゃないのか?

 と言うか間違いないでしょ……。


「本当に、メアーズは何でも食べるのねぇ……」


 アルフィナ様も呆れた感じだ。当たり前だよね。


「なんだか無性に食べたくなったのですわ。わたくし、そういう時は本能に従う事にしておりますの」


 ……この人危なすぎる。

 そういえば、アステオの欠片も食べたんだっけ。

 いや、待てよ。本当に本能がそうさせた可能性もある。

 そうだ、初めて会った時もいきなり舐められた。あれも僕の中にある何かを感じ取って、本能で食べようとしていたのか!?

 今考えてみると、結構本気で怖いぞ。アルフィナ様のペットで無かったら、僕は今頃メアーズ様の胃袋の中。いや、もう出ているな……。


「さて。テンタも戻りましたしもう用は無いでしょう。さっさとこんな所からはおさらばですわ」


 確かにそうだ。こんな所にいたら気が滅入る。

 ラウスはミリーちゃんとシルベさんが担いで運び、僕はアルフィナ様の懐に仕舞われて一緒に出る。

 最後に残ったメアーズ様は焚火を使って教会の長椅子に火を放っていた。


 ここにある死体は貴族や兵士の高官、それに金持ちの商人達だろう。当然、メアーズ様の知り合いも居たに違いない。

 多分入った時から彼女は気が付いていた。きっと戦っている最中も、複雑な想いがあったのだろうと思う。

 やがて火は教会全体に広がり、全ての遺体は火葬される。

 それが少しでも、メアーズ様の慰みになれば良いのだけど……。





 燃えさかる教会を後にして、僕らは外へと出た。

 まだ太陽は天上にある。夏の日差しがじりじりと大地を焼くけど、僕はアルフィナ様の懐で休んでいた。いやもう本当に疲れたんだ。


 反響定位エコーロケーションで周囲を確認するけど、周りには死体が転がるばかり。

 でも、戦っていた時よりも数が少ない。

 ああ、そうだ。ベリルもそうだったよね。向こうの住人になったものは、向こうの世界へと還って行ったんだ。

 こちらの世界に残ったのは、向こうの世界の者には成れず、さりとてもうこちらの世界の者でもないモノ。魔物、怪物……そういった類のものになった。

 そして彼等も去っていったのだろう。安住の地を求めて……。





「さてと、やっと家に帰れるわね。でも……やらなければいけない事は山ほどあるわ」


「そうですわね。わたくしもきちんと報酬を貰えるのか、改めて確認しなければいけませんが……」


 忘れていた。大ピンチ!


「……今はまず、帰って落ち着いてからの話ですわね」


「そりゃそうだね。こういっちゃなんだけど、センドルベント侯爵領はもう終わりだと思う。サンライフォン男爵領は巻き込まれてはいないけど……」


「もはや魔物の巣であることに変わりはありませんわ。さあ、もういきますわよ」


 メアーズ様が手をパンパンと叩いたところで、後ろ向きな話はここまでとなった。

 帰りは行きに使ったロープを使って、そのまま逆戻り。

 アルフィナ様もある意味野生児だからね。こういったロープを使って登る作業はへっちゃらだった。


 ただ出るのは当然東側。帰るのとは逆方向だ。

 だけど、心配していた様な事は無かった。ロープを伝って町の外に出ると、そこにはもう馬車が用意されていたからだ。

 そして馬車の上には、今までとは別の鳥の彫像が置かれていた。もちろん、リアルに動く奴がね。


「さて、帰るとしようか。全員やることは山ほどあるが、それは帰ってからだな。先ずはおめでとう。そしてありがとう。今はゆっくりと休んでくれたまえ」


 木彫りの鳥――いや、もし名前を変えていないのからベルトウッド・ワーズ・オルトミオンか。

 シルベさんやミリーちゃんの主人にして、元男爵様でアルフィナ様のお母様の兄。更に言うなら父親代わりという事になる。

 今はどこまでの権勢があるのかは分からないけれど、少なくとも今回の裏で大いに暗躍していた人だ。いずれ詳しい話をする事になるのだろう。

 そういや、本物に会った事は無かったな。


 でも今は、彼の案内に従ってみんな休むことにした。

 とにかく僕らは、全員疲れていたんだ。

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