誰かの死を越えて走る

 そんな……死ぬ? 死んだ? いや、僕は生きている。

 だけどエリクセンさんの体が! 誰の体が一番大切とかはない。だけどそれでも、この体だけは失ってはいけなかった。そんな気がする。なのに――あれ? 違う?


 もはやほとんど人の姿を保てずに消えていく人影。

 背は170センチほど。ちょっと小太りで、赤い髪。歳は40を超えているだろうか? 長く豊かな赤い髭が特徴だけど、頭から垂直に打ち込まれた一撃で、顔の判別は出来ない。

 え? 誰なの?


 潰れた体が消え、僕の本体が地面に跳ねる。

 慌てて確認する。いない――一人感じない。でも誰が? 全然分からない。

 触手は残っている。拘束触手が一本だ。だけど本能で分かる。肉体は死んでしまった。消えてしまった。

 もうどこにもない。呼び出す事も出来ない。まだ名前すら聞いていないのに!


 ちゃんと周囲の確認は怠っていなかったのに!

 きちんと上も見ていたのに!

 それでも接近に気が付かなかった。本当に失態だ。僕が馬鹿だ。


 でも後悔は後だ! 目標を失いキョロキョロしている筋肉達磨を拘束触手で拘束し、注入触手を打ち込む。


「ガアァ!」


 奴は引き剥がそうともがくけど、3本となった拘束触手はそう簡単には剥がれない。

 だけど媚薬が効くのを待ってもいられない。周りから兵士達が迫ってくる。

 今注入した奴の動きは鈍っているけど、こいつを倒すことに意味は無い。


 素早さを考えて、バステルに変身して走る。その先にいるのは、新たな筋肉達磨と化け物になった兵士達だ。

 ここまでで大分わかった。奴らの動きも、速度も、統率も。

 拾い直した盾で飛び道具を防ぐ。だけど本命の盾はこいつらじゃない。

 迫り来る筋肉達磨の蹴りを、隣にいた兵士で防ぐ。拘束触手を巻きつけて引っ張ったんだ。

 剛腕を受け吹き飛ぶ兵士。僕はもう、その時点で触手になっていた。

 目標を失った筋肉達磨が隙を見せた瞬間、巻きついて媚薬を打ち込む。


 人間の体と違って、触手だけならこいつらの反撃も大したことは無い。

 触手の姿だけで戦えれば楽だろうけど、これではうまく動けない。

 目的は戦う事でも殲滅する事でもない。ただ通過する事なんだ。

 再びバステルに変わり、例の高級な剣を掴み筋肉達磨に切りつける。

 さすがに数打ちの安物とは違う。しっかりと肉に喰い込む感覚。だけど――、


 風圧を纏って頭の上を通過する剛腕を、再び触手になってかわす。

 さすがにこいつらは別格だ。剣で斬ったって、そう簡単には倒せない。だけど、動きは次第に鈍くなってくる。媚薬が効いてきたんだ。

 今まで試した限りでは猛毒だけど、残念ながらこいつらを倒すほどの効果はなさそうだ。かなり注入したんだけどね。

 それでも効いてくれるのはありがたい。確実に動きは止められるからね。


 それにしても……連中はガンガン押し寄せてくるけど、なんだろうか、昔の軍隊の頃の癖? 筋肉達磨たちは一定の距離を保っている。生きている限りはね。

 周辺に突き従っている兵士の成りそこない……ううん、変容した者が同士討ちをするから、本能で避けているのかもしれない。

 これは大チャンスだ。ここで賭けなければ、他に機会はない。

 あまり戦闘の役に立たない吸引触手にロープを巻き付ける。ここからが正念場だ。


 走る。斬る。走る。斬る。

 目の前に現れる兵士達を斬り伏せる。中にはまだほとんど人間の兵士もいた。

 姿はまるで半人半狼の人型だけど、目が物語っている。どうしたらいいのか……と。

 でも知った事じゃない。見れば手槍を持っている。鋭い爪もある。こいつは人を殺せるんだ。

 一刀の元に、首を断つ。ここでやらなければ――誰かが傷付けられたら――僕は一生後悔するだろうから。

 だけど筋肉達磨は殺さない。というか、どっちにしろそう簡単には倒せない。

 でも媚薬で動きを止める。僕が通った後ろには、地面に腰をこすりつける筋肉達磨と変容した兵士の死体が残る。

 これで、みんなが通れる道が出来るはずだ。


 でもまだまだ敵はやってくる。だけど、反響定位エコーロケーションがあるから状態は分かる。これはかなり助かっている。

 そうでなければ、霧の中から無数の兵士が湧いてくるように錯覚しただろう。飛び道具も防げなかっただろう。

 だけど配置も分かる。何処から来るかもわかる。飛んできた矢や槍も盾で防ぐ。

 戦える――だけどそう思った瞬間、また筋肉達磨が真横に現れたんだ。

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