想定外の一撃

「君はミリーから説明を受けているね」


「沢山受けすぎてどの事かは分からないが……教会の事か?」


「ご名答。あそこの状況も覚えているかな?」


「中でアルフィナ様が使徒と対峙している。いや、もう戦っているかもしれない。だから一刻も早く行かなければならないんだ」


「それも大切な事だね、うん。いや、それが本題で間違いはない。だけどもう一つ大切な事がある。あそこはまだ8月17日なんだよ」


 そういえばそんなことを言っていた。アルフィナ様が時間すら歪めていると。だけど17日である保証は……あるのか。


 そんなに長い間、状況を維持することが出来ないだろう。アルフィナ様にどんな力があるのかは分からない。だけど、使徒とやらはその力に対抗できる存在だと考えられる。

 勝負にもならない相手なら、そもそもこの状況に陥ってなどいないんだ。

 決着までに何日もかかるとは思えない。それを考えれば17日の確証は高いと思う。


「だけど厄介な事にね。時は進むことは出来るけど戻ることは出来ない。あそこに入れる人間は誰もいないんだよ、これがね」


「思いっ切りダメじゃないか!」


「人間はと言っただろう」


 その言葉にギクッとする。他の皆は、その言葉の意味をどこまで理解したのだろう。

 いや、ここに集まったのは普通の村人とかじゃない。全員が理解したはずだ。

 でも――、


「君が道を切り開き、安全を確保したらロープを引いて教会に走るんだ。もちろん、最終的に到着するのは君だけだ。だけど我々も君の力と勢いに引かれ、ほんの少しだけど時の歪んだ境界に食い込むことが出来る。だがそのほんの少しで良いんだ。それだけで、我々は時の止まった狭間――外からは干渉できないところに入り込むことが出来る」


「それは確実な話なのか?」


「この世に確実なんて事はありませんわ。手段があるならそれをするのみですの」


「そうだねぇ。本当はひたすら実験と研究と検証を繰り返すんだけど、そんな余裕はないしね。任せるよ」


 この二人は胆が据わっているというか……。シルベさんとラウスは特に何も言わなかった。お互い、上司の方針に従うって事なんだろう。

 まあたった今、囮になって死にます宣言をした二人だしね。より成功の高い可能性があるのなら否定する理由も無いんだろう。


「分かった。では俺がロープを引いたら全力で走れ」


「信じているから……」


 霧の中、いつの間にかシルベさんが僕の手を握っていた。ほのかな温かさを感じる。

 視界が悪いから他の人からは見えなかっただろうけど、ちょっと恥ずかしかったね。

 それにしても、誰も僕が人間では無いと言う事に触れなかった。

 命どころか世界すら賭かったこの場面で、化け物に命運を委ねていいものだろうか?

 でも悪い気はしない。僕は僕自身を、化け物とは思っていないのだから。





 ▽     〇     ▽





 視界の悪い霧の中。それは連中も同じだ。基本的に先手は取れるが、それも筋肉達磨がいない場合の話だ。

 こいつらは霧の中でもしっかりと僕を見つけてくる。そしてそれに従うように、周囲の連中も僕を攻撃するから厄介だ。

 だけどそれほど正確でもない。大きくて扱いきれなかったご隠居と違って、エリクセンさんの体は扱いやすい。


 襲ってきた片腕の兵士を斬り伏せる。

 同時に斬りかかってくる二人の兵士。受けるのも避けるのも厳しい。

 だけど反響定位エコーロケーションが感知する。その後ろから飛来する物を。

 素早く伏せ、地面を転がる。

 襲ってきて兵士達は武器を振り下ろす間もなく、後ろから飛んできた矢や手槍を全身に受けていた。


 兵士は敵や味方だなんて判別はしていない。筋肉達磨アイツらが司令塔で、命令も単純なのだろう。味方を巻き込むことに何の躊躇ちゅうちょもない。

 それどころか、僕の近くで動いていれば味方でも攻撃する状態だ。

 もっと早く気が付いていればよかった。ついつい、ご隠居の筋肉に思考まで引っ張られてしまった点は大いに反省だ。

 やっぱり筋肉は脳にはなれない。当たり前じゃないか。


 だけど、目標が分かればそれで良いとはいかない。

 拾った剣は、兵士達が良く使う数打ちの量産品。こんなものでは、あの筋肉は断ち切れない。

 でも泣き言は許されない。強大な筋肉の塊を剣で斬る。だけど浅い。

 逆に振り回す剛腕や時折混ざる蹴りは、風圧だけで肌を切る。せめて鎧さえあればと思うけど、全裸の身ではどうしようもない。触手で物は拾ってこられるけど、鎧をのんびり着る時間を与えてはくれないだろう。


 だけど、その考えが僕を救ったのかもしれない。やっぱり戦い方は人次第だ。エリクセンさんの体で戦うなら、思考は止めちゃいけない。

 そこら中に――それこそ無造作に、大量の武器が落ちていた。

 それに弾け飛んだであろう鎧や盾も転がっている。今まで人であったものが使っていたものだろう。

 その中に、宝石細工がされた妙に立派な剣がある。

 今まで気が付かなかったのは恥ずかしい。いや、もちろん剣は拾うよ。でも盾も重要だ。


 触手を使って剣と盾を回収する。今ある繁殖触手はケティアルさん、カーツさん、ご隠居の三本。戦いには使えないけど、盾を持つには十分。これでうるさい飛び道具を防ぐことが出来る。


 近くで槍を構えていた兵士の首に拘束触手を巻きつけ、一気に引き寄せる。

 予想外の事だったのだろう、抵抗すらしなかった。

 そしてそのままの勢いで腹から背に一気に拾った剣を突き通す。うん、こちらも今までの剣とは段違いだ。

 これで何とか戦える!


 その時、確かに希望を感じた。何とかなると。明るい未来を夢想した。

 だけどその瞬間、僕の体は壊れていた。

 そこには何もいなかった。だけど確かに、何かがそこにいたんだ。

 その強烈な一撃は僕の背後から襲い掛かり、その一撃で体中の骨が砕け、肉が散り、勢いで内臓までをも吐き出していた。

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