突撃
余計な物には目もくれず、教会に向けて突進する。
霧で人の目には何も見えないのは幸いだ。今の僕はご隠居の姿で突き進んでいた。手には一本のロープを持って。
進行方向にいたのは鼻も口も無い。ただ眼だけが無数にある人間タイプの兵士。
だがそれは、まるで闘牛に跳ね飛ばされたかのように真っ二つに裂ける。丸太のような腕の一撃で、骨どころか肉や鎧も裂けたのだ。
だけど当然ながら、他の連中も気が付く。こいつらも僕程じゃないけど、霧の中でもある程度は見える。見つからずに行くことが出来ないのなら……、
「いいかい、君は先行して途中にいる化け物どもを倒してくれたまえ」
木彫りの鳥が言った言葉は簡単ではあったが、実行するとなれば話は別だ。
だけど無理とも言えなかった。僕には代案を出せるほどの知識が無かったから。
頭が二つある兵士の槍を頬の皮一枚で躱す。同時に放った右ストレートは、兵士の頭の一つを破裂させた。
だけどその瞬間、筋肉が警告する。危険だと!
でも間に合わない。きっとご隠居本人なら躱せたのだろう。だけど左腕を剣で切られた。
掠り傷。そんなものに気を取られた瞬間、筋肉達磨の一撃が額に直撃する。
あまりの衝撃に意識が飛びそうになる。倒れそうになる。だけどダメだ。僕の後ろには今、息を潜めて皆が付いて来ている。
僕が持つロープの先。戦闘に巻き込まれない程度の距離。僕の仕事は、彼女たちが走り抜けるスペースを作る事だ。
気を取り直し、両手で筋肉ダルマを地面に叩きつける。
顔の無い兵士が矢を放つ。腕が3本ある兵士が襲い来る。横からも、後ろからも、異形と化した兵士がやってくる。
「こなくそー!」
殴る、殴る、殴って蹴る!
素手で戦えるご隠居は、こういう時すごく強い。いや、それ以前にどんな時でも強い。
それだけに悔しい。悔しすぎて涙が出る。体にはもう10本以上の矢が刺さり、背中には
剣、斧、槍。武器で傷つけられた裂傷は数えきれないほどだ。
僕がしっかり戦えていたら。この体を使いこなしていたら。
ご隠居はこんなに弱くなかった。鈍くなかった。入り口広場にいた無数の強敵を、苦も無く倒しきったんだ。
それに比べて僕は何だ。大切な体を、こんなに傷つけてしまった。
突然右足がガクリと崩れる。膝裏から槍を受けたんだ。
刺した男の顔は骸骨だった。だけど首から下には肉があり、そこには見知らぬ男の顔をした皮が垂れ下がったかのように張り付いていた。
「こ、殺してくれ」
「自分でやれよ!」
もうご隠居の体は使えない。ごめんなさい。ごめんなさい……。
いつか必ず治します。僕の全てを使って、どれほどの時間がかかっても……必ず。
次の瞬間、僕はエリクセンさんになっていた。無我夢中。余計な事を考えている余裕はない。
そしてその時には、拘束触手で拾った剣で骸骨男の首――そこにあった顔の皮を真っ二つに斬り裂いていた。
それはもう本能に近かったと思う。だけど満足そうに崩れていく男の姿を見ながら、急速に頭が冷える。
ダメだ、感情に任せてはいけない。誰かがそういった気がする。
慌てて周りを確認し、変身した時に離してしまったロープを拾う。
これだけは見失ってはいけない。そう、あの木彫りの鳥が僕に言ったんだ。
「ミリー、ロープを用意してくれ。そして君――バステルだったね。これを持って、教会に走るんだ」
「無謀すぎるな。説明しただろう? あの霧の中には大量の魔物がいる。誰かが捕まったら、それで全員が終わりだ」
「いやいや、こちらはいかないよ。行くのは君だけ。私たちはここで待機するんだよ」
「ベリルの件を忘れたのか? いや、これは直接見てはいないのだったな。ここはあそこよりも影響がきつい。長く離れることは出来ない」
「本当に困ったものですのね」
「どうにかならないのかな?」
霧で視界が悪いせいで、いつの間にか皆が玉の様に密集する。少し間抜けな光景だ。
「それでしたら、私が囮になりましょう。大丈夫、目が見えない状態でも戦う訓練は受けているわ。それでね、その……もしも生きて戻れたらあの時の続きを……」
「それなら俺も行く。バステル、メアーズお嬢様を頼む」
なんだかもじもじしているシルベさんと勇ましいラウス。
だけど――、
「両方却下だ。それよりも鳥。何か意味があってロープを持って走れって言ったんだろ。それをまず説明してくれ」
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