最後の休息

 シルベさんの本気具合が伝わってくる。でも恥ずかしい事に、僕は何の抵抗も出来なかった。こんな時、どうすればいいのだろう。

 沈黙を肯定と受け取ったのか、もう一度静かにキスをする――が、


 バステルの体はハラハラと崩れ、僕は木の床にぽてっと落ちる。

 えええええええ!


 ――いやまだ早いだろ。

 ――そうじゃない、ここで経験させておくべきだ。

 ――彼女の不安に付け込んでいるだけだ! こんなもの愛じゃない!

 ――愛なんかいらねえだろ。やりたい女と男がいるんだ。ズバッとやっちまうのが筋ってもんだろう。

 ――下から誰か来たらどうするんだよ。絶対に筒抜けだぞ!

 ――細かい事を気にするな。とにかく一回やっちまえ!

 ――そうだそうだー!


 突然頭の中で大騒ぎを始める仲間たち。

 え、どういう事? これって僕にとって良かったの? 悪かったの?


 ――いやダメだ。これ以上やっても、彼女を傷つけるだけだ。

 ――そんなの分からないだろ!

 ――本人が良いって言っているのだから、ここは男らしく応えるべきだ。

 ――いや、無理だ。

 ――なぜだよ!


 ――だってコイツ、勃ってなかったじゃん。

 ――あ。

 ――あ。

 ――あ。


 いや皆何を言っているのさ! さっぱり事情が飲み込めないよ。

 だけどそんな判断も出来ないうちに、シルベさんが僕を見つけてむんずと掴み上げた。


「バステルは何処かしら?」


 ニッコリ笑っているけど、怖い、怖い、怖い。超怒ってるよこの人。

 メアーズ様と違って握りつぶされることは無いけれど、それでも全力でぎゅうぎゅう締め付けてくる。

 あれ? これはこれでちょっと気持ちいいかも。





 ドタドタと激しい足音を立ててシルベさんが降りて行く。

 取り敢えず脱いだ鎧はベッドのシーツでくるみ、自身もテーブルクロスを体に巻いている。

 随分と慌てていた様子だけど、こういった点はまめだなー。伊達に男爵家で長年働いていた訳じゃないね。


 なんて暢気に構えてもいられない。

 シルベさんは皆の所へ行くと、


「バステルが消えたわ。それで、コレが落ちていたんだけど」


 これとは言うまでもない、僕自身テンタの事だね。


「あれ? それ話したよね? あちらの組織の人間って、テンタの所に来るんだよ。本人が転送されて来るのか、魔法で疑似肉体を作っているのかは謎だけどね」


「それに貴方の方が見慣れているでしょう? アルフィナのペットなのですし」


「そうじゃなくって、どうしていきなり消えたのよって話!」


 そう言いながらジロリとこちらを睨む。

 さっきのしおらしさは何処へ行ってしまったの? なんかものすごく怖いんだけど。


「詳しい事は分かりませんが、時間制限はあるようですわ。初めてラマッセが現れた時は、結構すぐに消えてしまいましたのよ」


「例の神学士でしたね」


「ええ。でも霧の中を移動する時は長い間頑張ってくれましたわ」


「あたしは最初の頃の事情は知らないけれど、コップランドに来た時に一度消えたんだっけ? 翌日にはまたいたけどね」


 そういえば色々あったなぁ……。ほんの数日とは思えない程に濃い人生体験だよ。人生って言って良いのかは分からないけどね。


「それなりに制約があるという事だろう。実に興味深いね」


 鳥も話に混ざって来るけど、お前は先ず遺体の処理を考えろ。


「要は時間切れって事だと思いますわ。おそらく魔力によるものだと思いますけど、それ以外の事は何一つとして分かってはいませんの」


「秘密が多いよねぇ。アルフィナ様は何処まで知っていたんだろう? あ、とりあえずそれテンタ頂戴」


 ミリーちゃんのリクエストに応えて、もう用は無いとばかりにポイと投げ渡される。扱いが雑だよ。


「うーん、やっぱり持っただけじゃ霧を見通したりは出来ないなあ」


「それはアジオスの町に行った時に確認済みですわ。単純に持っているだけじゃダメみたいですわね」


「それは私も今確認したわ。全く、なんともいい加減な生き物ね」


 そう言いながらシルベさんも食事に加わった。

 というか、あのキノコみんな食べるんだ。たくましいなぁ……。


「とにかく、一晩休んだら出発しましょう。正直言えば、メアーズ様やミリーにはここに残って貰いたいと思うけど……」


 シルベさんが提案するけど、それはだめだ。今はテンタの姿だから何の発言力もないけど、明日そう決まりそうだったら絶対に止めなきゃいけない。

 ここに残るって選択肢だけは無いんだ。

 もし別れるにしても、霧が晴れる所までは同行しないと行けない。でもそんな時間があるかどうか……。

 おそらくはもう、それほど多くの時間は残されていない。そんな気がしていた。

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