交渉失敗
「嫌よ」
コンブライン男爵の遺体をミリーちゃんの錬金術袋に入れて安全圏まで送る。
運び手はこの木彫りの鳥だ。見た目はただの置物で戦う事は出来ないが、袋くらいは運べるという。
そんな完璧な作戦であったが、当の本人から一言で却下された。
「そこを何とかならないだろうか? 今でこそワーズ・オルトミオンではあるが、その辺りの事は君も
「そうはいっても、それじゃあこっちの荷物はどうするのさ」
そう言って袋から色々と取り出し始めた。
「使徒に対抗するための粉。傷薬、毒消し、虫よけに気付け剤。予備の着替えに武器。水と食料、それにテントや毛布、それに枕と……」
次々と積まれていく荷物たち。本当に沢山入るなー……なんて感心してばかりもいられない。どう考えたって持ち運ぶに厳しい量だ。
「テントとかはもう必要ありませんわ。食料も最小限で良いでしょう」
出てきたものを、メアーズ様がテキパキと仕分け始める。
確かに水とか樽で入っているし。缶詰もゴロゴロと出てくる。この袋の中身だけで数か月は暮らせるんじゃないか?
「ダメダメ、そんなのを仕分けしたって意味が無いよ。他にも錬金術に必要な材料なんかも入っているんだよ。もし万が一の事があったらそれこそ大問題。分かっているでしょ? 錬金術師にとって、工房と窯、それに袋は存在の一部と言って良いの。どれかが無くなった時点で終わっちゃう。あたしにとっては、世界の終わりと等価といっても過言じゃないね」
本気でむくれているミリーちゃんを初めて見た。だけどそれだけ重要なものって事だろう。
ああ錬金術の袋を入手する道が遠のいた気がするよ。
「工房の価値を知らない私ではないよ。その点に関しては君が一番よく知っているだろう。だがその上で言っているのだよ」
「その程度の事は理解しているけど、錬金道具なしでこれから使徒にどう対抗するの? 何の為にここまで準備させたのさ。手で持っていける量じゃないよ。袋が無くなった時点で、アルフィナ様の救出が大きく遠のく事になる事も理解して欲しいね」
うーん、互いの話は平行線で、なかなかな交わりそうにない。
それにしても、二人の会話には何となく心に引っかかるものを感じる。なんだろう?
「ちょっといいかしら?」
そんな考え事が纏まる前に、いつの間にかシルベさんが後ろに立っていた。
「ちょっとお願いがあるんだけど、いい?」
小声でヒソヒソと囁くと、僕を引っ張って2階へと上がる。
ランタンがあるとはいえ、この暗闇に霧。なかなか大変だけど、シルベさんは平然と進んでいく。
分かってはいるんだけど、やっぱり今までとのギャップを感じるね。昔のシルベさんも優秀ではあったけど、それは家事全般に関してだ。こういった活動とは無縁の人だった。
でも冷静に考えればそうだよね。アルフィナ様ほどの重要人物の近くに仕えていたんだ。それなりにスキルを持っている人なんだよね。
宿場として使われている建物だから当たり前なのだけど、下は共同の飲食スペース。そして上は幾部屋にも分かれた宿泊施設になっていた。
前回来た時は使わなかったけどね。だってみんな怖いじゃん。だから前回は、全員で塊になって下で過ごしたんだ。
そんな一室に入ると、そこは個室だった。
鍵はかかっていたけど、シルベさんが金属棒を器用に使って開けたよ。本当に多才な人だね。
微かな霧と闇に包まれた部屋。大き目なベッドの他に、テーブルと2脚の椅子。2人部屋だろうか? でもベッドは一つ。夫婦用だね。
いつかは僕も……なんて考えたけど無いや。僕はあくまで小動物。一緒には寝ても、そこに人間の様な関係性はない。
何て思っていたら、シルベさんが濃紺の
下に着ていたのは革鎧。機動性を重視した軽量型で、肩から先と太腿から先は剥き出しのボディスーツタイプだ。
普段はあまり気にしていなかったけど、白く細い手足が美しい。これでちんちくりんじゃなかったら、さぞかしもてただろうね。触手の僕が言うような事じゃないけど。
魔法により手足に傷は残っていないけれど、革鎧の方は傷だらけだ。大変だったんだなぁ……。
「ねえ、脱がしてくれる?」
「はい?」
今までの人生で、ここまで予想外のお願いをされた事があるだろうか?
いや、ない。
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