責任者

 比較的緩やかな川の流れに逆らって、小舟が進む。オールを使ってえっちらおっちら。

 小舟と言っても普通の川漁師が使うには少し大きい。しかも上流に向けてだ。

 だけどメアーズ様のパワーの前ではそんな事は関係ない。グイグイと高速船のように進んでいく。


「そこを右よ」


「なるほど、そこね」


 いや、もうなにがそこで何がなるほどなのか。

 ここは霧に覆われた湿地帯を流れる川。周りは大量の芦に覆われて、俯瞰で見たとしても、その境界ははっきりとしない。

 浮島と川のように綺麗に別れているわけじゃないんだ。


 なのに平然と指示するシルベさん。こちらは完全に覚えているんだろう。

 一方で阿吽の呼吸で方向転換をするメアーズ様。こちらは多分、水の流れみたいなものを察知しているのだろう。プロだなー。

 そんなこんなでおよそ2時間。ようやく僕らは岸に辿り着いた。


「お疲れ様。ここが目的地よ」


 朝に宿場街道を出発。昼前にアジオスに潜入してそのままシルベさんと合流。軽く休憩と情報交換をしてから侯爵と戦って移動して……もう辺りはすっかり夜だ。

 シルベさんが居なければそもそも計画は失敗していたけど、メアーズ様がいなかったら戻っては来られなかったね。

 それにミリーちゃんやラウスの力もあった。みんなと一緒で本当に良かったよ。



「良く戻って来たね」


 なんて落ち着いていたら、暗闇の中から声がする。少し張りのある男性の声だ。

 向こうは声で分かったのだろうけど……反響定位エコーロケーションで確認するも、そこには誰もいない。


「任務は成功よ。コンブライン男爵閣下は亡くなっていたけど、全て回収したわ」


「全て? 間違いは無いのだね」


「内臓、皮膚、爪まで全部確認したわ。さすがに髪の一本なんてところまで要求されたらどうしようもないけど」


「それなら問題あるまい。それで効果があるのなら、とっくに彼らは目的を果たしている。頭や心臓、それにそうだね、性器や大腿骨の辺りか。その辺さえ回収してしまえば良いだろう」


 だれだ? どこにいる?

 声は周囲に立っている木から聞こえてくるけど、反響し合って判断がつかない。熱や匂いといった他の探知にも一切引っ掛からない。一体何者なんだ?

 まさか何かに変容している? でもシルベさんが普通に会話しているのは変だ。

 というか、またいつもの不愛想な彼女に戻っている。霧の影響が薄くなったせいだろうか?

 いや、あれが地なんだろう。多分。


「他の連中は何処? そもそも待機チームはどうなったのよ」


「すまないが待機チームは全滅した。馬は馬っぽいものになってそこ辺りにいるよ。他に戻って来たものはいない。君が成功したのは奇跡だと言って良いね。この偉業は本来ならば称えられるものなのだが――」


「そんな事はどうでもいいわ。でもこれからどうするの。待機組がいない、誰も戻らない、実質全滅じゃない。男爵閣下の遺体を回収したところで、そもそもこれをどうするのよ」


 男爵様も”これ”扱いかー。偉い方なのだけど、死んでしまうと厳しいなー。


「ところで、彼女らは何だい?」


「話を聞きなさいよ……大体、今更聞くってどういう事なの? 霧はもうそちらまで広がっているのかしら?」


「いや、こちらは問題ないよ。平和そのものさ。それに当然、彼女らの事はよく知っているとも。メアーズ男爵令嬢に錬金術師見習のミリー。その後ろにいるのはメイボローの船乗りかい? さしずめ男爵令嬢の護衛と言った所だろう」


 流石によくご存じで。


「だけどそれは何だい?」


「それ扱いは、いくらなんでも怒るわよ。そもそも貴方らしくないセリフね。裏仕事ばかりに回されて、ワーズ・オルトミオンとしての矜持は失ったのかしら? それとも、以前の習慣は捨てられないものなの?」


 シルベさんの言葉に相当な怒りを感じる。僕の為に怒ってくれたのは間違いない。ちょっと気恥ずかしさも感じるな。


「いや、俺の扱いはいい。それよりもオルトミオン? 中央学院の者か」


「いかにも。私はそこに所属するものさ」


「だったらもう少しちゃんとした戦力を送れたんじゃないのか? 戦士、術士、学者……何でも揃っているだろう」


「耳が痛いね。確かに卒業、在籍を問わずそれなりの人間が揃っているよ。ただ今回は時間が無かったのだよ。君は知らないと思うけど、現在は何処も問題だらけでね。ああ、もし許されるのなら、さっさと逃げ出してしまいたいよ」


「いいから今後の行動を決めて。男爵閣下の遺体、どこかに置いて行けるものではないわ。ましてやこっちはこれからアルフィナ様の元へ行くのよ。持って行けと?」


 それはちょっと意外だった。確かに頼もしいけど、シルベさんは普通の兵士より少し強い程度の腕だ。

 それになにより、そこまでアルフィナ様に義理を感じているとも思えない。なのに、ついて来てくれるんだ。

 というよりも、


「本来ならどんな計画だったんだ?」


「ここから北東に川を下って海に出る。そこから北上すれば何とかなるって予定だよ」


 海に出てから北……ここは僕らの国からすればほぼ南東。端っこだ。東に行けばクレミコの町があって、そこから先は直ぐ港町。

 南には海と、最近知ったけど魔物に占拠された三日月地帯があるらしい。逆に北へ行くと……。


「つまりは、アステオの勢力圏に逃げ込むという訳だね」


 確かにここは端っこだけど、北方に行けば僕らの主神、“絡まる螺旋と太陽の神アステオ

 ”の勢力圏に入る。他の神や眷族は手が出せないだろう。


「一番の問題は、誰がどうやって運ぶかですわね」


 うーん、今いるメンバーは誰も外せない。というか、任せられない。

 とにかく危険が高すぎる。何に襲われるか分かったものじゃないからね。

 でも全員でそんな長旅をする余裕は無い。


「あんたが運んでくれるのか?」


「僕が? ははは、無理無理。足元を見てごらん」


 ふと見ると、そこには木彫りの鳥が置いてあった。いやまさかと思うけど……。


「名乗れない無礼は許して欲しい。ついでに、ここにいない点も勘弁してほしい。私が今回の責任者だよ」


 うわー、凄い役立たずな気がしてきた。


 僕はこの時、本気でそう思ったんだよ。

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