【 アルフィナ様の元へ 】

アジオスからの脱出

 この町を覆っていた霧は、やがて消えるのだろう。だけど、そのやがてなど待っては

 いられない。

 それにここに設置されていた不気味な祭壇を何とかしただけで、大元は解決していないのだ。


「とにかくコンブライン男爵様のご遺体を何とかしないとね」


 シルベさんはそう言うと、霧の中を歩きだした。


はぐれないでよ」


 それは先に言ってから歩き出してください。


 いつもの気丈さを保っているメアーズ様に対し、ラウスのショックは大きそうだ。動きも言葉への反応も鈍く、ちょっと目を離すと消えてしまいそうに感じる。

 同僚だったのだろうし、僕の知らない絆もあったのだろう。だけど今は、しゃんとして貰わないと困る。

 でもどんな言葉をかけるかが思いつかない。一応、常に動向を確認しておこう。





 〇     △     〇





 何本もの橋を渡り、時には下に降りて水の通っていない配水管も使う。

 霧が薄まって明るくはなって来たけど、まだまだ視界は悪い。それに道中は迷路の様に複雑だ。

 全員に気を配るのは大変だけど、平然と進んでいくシルベさんもすごい。

 でもたまに――、



「止まって!」


 静かに声をかけながら、シルベさんの腰を掴む。肩でも良いんだけど、確実に止めるにはこれが一番だ。

 前方から微かに聞こえてくるメエメエという鳴き声。ヤギ人間ゴートマンがまだうろついているんだろう。

 というか、こいつら霧と関係ないよね。晴れてもきっと、ここに住み着いているよ。侯爵もいなくなっちゃったしね。

 誰がするのかは知らないけれど、後処理が大変そうだ。

 は、いいんだけど――、


「あ、その、ご、ごめんなさい」


 真っ赤になってもじもじするシルベさん。いやいや、本当にどうしたの? 悪いものでも食べたの? ベリルの事もあるし、霧の影響かと心配になる。


 もう何年だろう。4年? 5年? そこそこの付き合いだけど、僕の知っているシルベさんはこんな乙女じゃない。

 仕事はこなすけど、いつも不愛想で何を考えているか分からない。そんな人だ。

 加齢臭は感じても女性らしさを感じた事は一度もない。

 なのに――、


「心配……してくれるの? ありがとう」


 そういって腰に回した手をそっと掴む。

 なんか怖い。一応、より密着して中を確認する。

 体温、鼓動、異物……センサーをフル稼働するが、いつもより体温が高く鼓動が早い位か。

 別段、異物などの侵入や薬物などは感じられない。


「いつまでいちゃついているんですの? さっさと行きますわよ」


 え? そんな風に見えたの?

 シルベさんも慌てて離れるし。よく判らない。


「ふふーん。バステル殿は、今一つよく判らないって顔だねぇ。このミリーちゃんが色々と説明してあげようか?」


 ……なんかますます混乱しそうなので止めておこう。


「それで目的地はどこなんだ?」


「もうすぐそこよ」


 下水管を抜け、土手に上がる。

 そこは小さな川の一本で、上流には水門が設けられていた。

 でも外壁のようなものは無い。


「この先は川と湿地帯。水門さえ閉めてしまえば、十分に守れるのよ」


「それだと、あたしらはどうやって逃げるのさ?」


「行けば分かるわよ」





 ▼    ◇    ▼





 水門を上げるための塔。近づくだけで、むせるような血の匂いが充満している。

 退路を用意するために、ここにいた人間は皆殺しにしてあったのだろう。

 仕事は完璧だね。怖いけど。

 今更ながら、僕の村は平和だったんだなと思う。でもきっと、もし何か不都合があれば同じ運命を辿ったんだろうな。

 この世界は、優しくなんて無かったんだ。


 死体はゾンビの様にうろうろ彷徨っていたり、子犬ほどのネズミの群れに食われていたり、あるいは変なキノコの苗床になっていたりと様々だった。

 流石にこんな所で死にたくはないね。


 今更だけど、霧の影響だ。

 男爵様たちの遺体が……無事と言ってはおかしいけどちゃんと遺体だったのも、あの部屋に霧がなかったからだろう。

 霧を押さえていたのは侯爵かフードの男か……今となってはどうでも良いけど。今は僕が見張っているよ。


 まさか水門を開けるのだろうか? そんな疑問もあったけど、さすがにそんなことは無かった。

 下には水門に引っかかる様に、一層の小舟が用意されていた。まあ、小舟と言っても7-8人は乗れそうだ。

 そしてシルベさんが素早くロープを下ろして合図する。


「長居は無用よ。行きましょう」


「そうだな。この町ともお別れだ」


 平和な頃なら、きっと美しい町だったのだろう。

 短い間だけど、色々な事があった。初めての実戦や男爵の死。そしてベリル……また会う日は来るのだろうか。

 様々な思いを胸に、僕たち一行はアジオスの町を後にした。

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