帰還しよう

 微妙にあきれ顔をしながらも、ミリーちゃんはちゃんと説明をしてくれる。いい子だ。


「ケイムラートの町で使徒と対峙した時、マーリア男爵夫人の幻が現れたんだよ。まあアルフィナ様は偽物だと一発で見破ったけど、意味なく出したんじゃなくて、意味があったから出した訳さ」


 ああ、そういえばそんな事を言っていたな。


「でもコンブライン男爵の偽物は出さなかった。連れてこい。死体でもいいから持って来いって言っていたんだよ。殺してこいでは無くてね。つまり彼等には、死者の魂を呼び出すなんて真似は出来ないんだよ。同時に、偽物ではダメだって事もこれでわかる訳だね」


「なるほど……」


 もしお母様が本物であれば、アルフィナ様はきっと喜んだだろう。

 意地っ張りだけど、義理堅い性格でもある。何らかの取引にすら発展したかもしれない。

 だけど実際には、偽物を出して即交渉決裂となったわけだが……そうか、実際に死者を呼び出せるならそうしたろうし、偽物でダメならそんなものをわざわざ出す必要がないのか。


「一つ分からないのだが、何故男爵様は偽物じゃダメだったんだ? 見破られたって構わない程度の偽物でも、彼等の儀式には影響は無いんだろ?」


「この世にまだ存在しているからですわ。たとえ死体であったとしてもね」


 そう言って、メアーズ様が両脇にひとつずつ、遺体の入った麻袋を抱える。


「本物が無くなれば、偽物も本物となりうるでしょう。だけど本物がある限り、偽物は所詮偽物に過ぎませんのよ。ですからこの遺体を焼却するという事は、それだけで一つの危険リスクを抱えるという事ですの」


「まあ、その辺は予測でしかないけどね。でも今もこうして生きているって事が証明ともいえるよ。それに焼却と言っても完全に消滅する訳でもないしね。彼等にとっては遺骨や遺灰で良い可能性だあってあるのさ」


 難しい……だけど何となくわかった事は、遺体であってもこの世に存在し続けて貰わないと困るって事か。

 だけどそれは誰が判断するのだろう……いや、考えるまでも無いな。神だ。


 全知全能ではないかもしれないけど、僕らとは比べ物にならない存在。その神が本物を所望している。偽物ではなくね。

 そして本物が存在しなくなれば、彼等は新たな“本物と同じ存在”を作り出せるのだろう。それが周りの人間にとっては偽物であっても関係なしにね。


「話はもういいかしら? なら戻りましょう」


 もう全員支度は出来ている。それを確認して、シルベさんは皆を促した。

 目的地は入った場所。ここから上への階段を上るって手もあるし、何処に出るかもシルベさんは知っているだろう。

 でもそれは選ばなかった。まだまだ敵兵がいる危険もあるだろうし、入り口で見張っているベリルともはぐれてしまうしね。


 というより、もし新たな歩哨が来て騒ぎになれば、間違いなくベリルはこちらに向かってくる。

 僕らは通った痕跡を隠さなかったし、道中はほぼ一本道だ。

 まだ短い付き合いだけど、絶対に無謀な戦いをする人には見えなかった。

 だから彼はまだ入り口にいて、敵も来ていない。つまりは安全だって事だね。

 こうして僕達は、入った場所まで戻る事になったんだ。





 ◇     ◆     ◇





 トイレ……というか壺だけど、そこまでは誰もいなかった。

 そしてクローゼットの部屋から広間。更には上への梯子へと移動する。

 道中は何もいなかった。人は勿論、魔物もいないし宙を漂う透明な何かもいない。

 霧も少し薄くなっている気がするけど、ここは風のない室内だしな――と考えてちょっと苦笑する。そんな自然現象なんかじゃない事は、十分承知しているじゃないか。


「俺が最初に上がろう」


 当然の様に、僕がそう宣言した。

 上にはベリルが待っているから問題は無いと思うけど、何かあったら大変だからね。

 ついでに反響定位エコーロケーションで上の様子も確認する。

 うん、ベリル以外には誰もいない。安全だ。


 鉄梯子をカンカン鳴らしながら僕が昇り始めると、次はシルベさん。そしてメアーズ様が続く。


「まあ順当ですわね」


 遺体の入った麻袋はどうするのか……なんて思ったけど、両手で抱えたままバランスを取りながら足だけで梯子を登っている。相当に器用――というより、体幹が鍛えられている事が分かる。

 海の貴族様だったし、船で慣らしているんだろうな。


 そしてその後ろにミリーちゃん。


「うわー、パンツ丸見えだよ」


「今更ですわね」


 メアーズ様は外套の下は白いミニのプリーツスカート。そりゃ梯子の下から見れば丸見えだろうけど、あの格好で大立ち回りを演じていたからね。本当に今更だ。


 まあ、不安を紛らわせるために軽口を叩いているんだろう。

 遺体袋を落とすくらいならともかく、本人まで落ちて来たら大惨事だ。巻き込まれたミリーちゃんの運命は明るい物にはならないだろう。

 登りきるまで待てば良いのにとも思うけど、不安なんだろうね。


 最後のラウスは下で待っていた。全員が登りきるまで見張っているそうだ。

 ベリルもそうだけど、動きの端々にプロの動きが見られる。二人とも護衛に選ばれた以上、そういった訓練も受けているんだろう。

 何時か参考になるかもしれないからね。彼らの動きはしっかりと学んでおこう。

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