意識の相打ち

 ――出たぞ!


 それは急な宣言だった。

 体の中に、煙のようなものが入って来る。あえてイメージでいうなら青色の煙。

 安堵するよりも早く、全身を巡る不快感。これはもしかして危険かもしれない。


 ノートルさん、大丈夫なの?


 今の感触は全部ノートルさんが引き受けている。なのにこの感じ。異常事態だ。

 ノートルさん、ノートルさん!


 ――すまん、テンタ。失敗だ。


 微かに遠くから聞こえてくるような声。いや失敗と言われても困る。


 メアーズ様は、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。こっちは今の所は大丈夫そうに見える。

 だけどこの問題は僕の方だ。何があったの?


 ――霧が無かったから油断した。アイツ自体は使徒でもなかったしな。だがこいつは間違いない。思念体――使徒の思念体だ。こんな奴がいるなんて! チクショウ、俺はもうダメだ。


 そんな! ノートルさん!


 ――安心しろ。覚悟はしてきた。ただ問題はその後だ。


 その後?


 ――奴の意識は俺が持っていく。俺と共に消える。もう分かっているな、出て来た時点で、どうせ俺達は消えるんだ。


 う、うん……。


 ――だけどな、問題はお前の方だ。吸い込んだのが予定よりも危険な物だった。意識はなくなっても、存在は体の方に残っちまう。


 ど、どうすればいいのさ。


 ――ラマッセを使え。奴の体は神のそういったものに強い。


 それでなんとかなるの?


 ――ならないなら、そこで終わりだな。だけどあがけよ。とりあえず、全部出せ。それでだめなら、お互い長いようで短い人生だった。それだけだ――あばよ。


 え!? ちょっと!

 言いたい事だけを残し、ノートルさんはこの世から消えた。

 ……っておーい! うぐっ!


 体への影響は直ぐに出た。

 触手のコントロールが効かない。拘束触手はバタバタと暴れ、繁殖触手からは勢いよく白濁液を撒き散らす。

 このままじゃメアーズ様が危険だ。


 もう迷っている時間は無い。僕はラマッセに姿を変える。

 傍から見れば、触手が光に包まれて消え、その光が人の形となったように見える。


「へえ、それが噂の転移か」


 ミリーちゃんは感心した様子だ。

 そういえば、ミリーちゃんが見える所で変身したのは初めてな気がする。以前は霧の中だったしね。

 まあ転移と考えてくれているのはありがたい。中身は全部僕と知られるわけにもいかないしね。

 いや、今はそれより……。


「メアーズ様、大丈夫ですか?」


 メアーズ様はぐったりと倒れたままだ。

 かくいう僕も、体内に取り込んだ連中の成分――毒素と言ってもいいかもしれない。そのせいで眩暈めまいがして倒れそうだ。

 ラマッセになれ――言われてその通りにしたけど、そうしなかったらどうなっていたか。

 きっと倒れてしまっていたね。


 でもそれよりも、大事なのはメアーズ様の方。体から悪いものは全部抜いた。蛆虫や毒素、神の何かなんてものは全部吸い出したし、乗り移ったやつはノートルさんと共にこの世から消えた。

 だけどまだ起きない。ショックからか?


 予想だけど、ラマッセの体が近い方が良いに違いない。急ぎメアーズ様を抱き上げる。

 体温は正常、呼吸もしている。シルベさんの状況ほど酷くはない。先ずは一安心か。

 だけどこっちの体がもつだろうか? いや、もたないと困るんだけどね。


「ラマッセ、大丈夫か!?」


 ラウスが声をかけてくる。メアーズ様より僕の方が先に心配される状態なのか。

 意識が朦朧もうろうとして、状況がよく分からない。

 体の中では吸い込んだ蛆虫たちがまだうごめいている。こいつらは実態を持つ本物だ。こっちの処理もしなきゃいけないのに……。


「ラマッ……セ」


 ああ、良かった。メアーズ様が意識を取り戻したようだ。

 さっきのはよほどきつかったのだろう。顔は涙でグチャグチャで、口からは吐き出した白濁液を垂らしている。酷い状態でいつもの高貴な感じは無いけど、その美しさに陰りは感じない。


「貴方が……助けてくれた……のね」


「いえ、仲間が……」


 そう言ってしまいそうになったけど、それはダメだ。ノートルさんの活躍は説明できない。

 触手で戦った件に関しても、言い訳を考えておかなきゃ。


「ありがとう……ラマッセ」


 そういって、メアーズ様は僕に抱き着いたまま再び意識を失った。

 そしてまた僕の意識も、闇へと沈んで……行っちゃだめだ!

 ここで気を失ったら、十中八九テンタの姿に逆戻りだぞ。


 メアーズ様を床に置き、力と気力を振り絞って立ち上がる。


「ええと、大丈夫なの?」


 ミリーちゃんが心配そうに、そして恐る恐る近づいてくるけど、僕にはもう余裕がない。


「すみません、私はもう行きます」


「え、行くって?」


 返事も出来ず、僕は走り出す。

 もう限界が来ていたんだ。

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