吸引触手

 人の体で近づく事は出来ない。相手は驚異の怪力にして歩く暴風。迂闊に飛び込めば、人間の体なんて一瞬にしてバラバラだ。

 ……ごめんなさい、言いすぎました。


 でもあながち間違っていない。それが今、コンブライン男爵の遺体の元へと移動している。

 理由は分かる、簡単だ。あれをアルフィナ様の元へ持って行くつもりなんだ。


 奴の中身は誰だ?

 センドルベント侯爵か? それともフードの男? それとも全く違う存在?

 だけどそれを気にしたって仕方がない。例えそれが無垢な子供だったとしても、あれをアルフィナ様の元へ運ぶなら倒すべき敵だ。


 テンタから2本の拘束触手を生やす。やっぱりこれが一番荒事あらごとに向いている。

 ついでにいつでも使えるよう、2本の繁殖触手も少しだけ出しておく。まあこれは多分意味はないけどね。

 そして注入触手。これはダメ。いつかは使えるようになるかもだけど、今は危険な毒でしかないからね。

 それじゃあ、行くよ。


 ――ああ、あいつ押さえつけろ。そうすれば、必ずなんとかしてやる。


 もうほとんどの蝋燭人間は残っていない。わずかな燃えカスだけが残る薄闇の中、僕の触手が地面を蹴った。

 音もなく、まるで飛ぶ様に背後から近づくと、そのままメアーズ様の足と腕に巻きついて拘束する。


「なんだと! 何だこれは」


 メアーズ様の中にいる奴はもちろん、周りもびっくりだ。何せ暗闇から新たな怪物が出てきたんだからね。

 でも説明は後だ。今はこちらメアーズ様を何とかしなきゃ。


「なめるなぁー!」


 両脚を拘束したのに倒れない。それどころか、上半身の拘束がミチミチと音を立てて千切れそうになる。

 このままではダメだ、千切れる! 大ピンチ!

 だけどこれは本能だったんだろう。意識も考えも無く、僕は繁殖触手をメーアズ様の口の中に押し込んでいた。


 まあ、当然の様に思いっきり噛まれたよ。


 いだだだだだだだだ!


 物凄く痛い。牛の骨すら噛み砕くんじゃないかと思えるほどの顎の力。だけど脆いと思われた繁殖触手だけど、弾力性は凄かった。

 メアーズ様に噛まれても切れないほどだ。野獣のように首を動かして食い千切ろうとするけど、繁殖触手の弾力は他にはない特性だった。痛いけど、実際には大丈夫。

 というか、だんだん気持ちよくなってきた。出ちゃいけないものが出そうな気がして、全身が硬直する。


 ――集中しろ、テンタ。お前みたいな未熟者が本能に飲まれたりなんかしたら、もうしばらくは何も出来ないぞ。


 う、うん。我慢する!

 だけど早くして! 気持ち良すぎて耐えられない。


 僕の体から、新たな触手が一本生える。

 植物の茎を思わせる薄緑の細い管。先端は広がっていて、まるで吸盤を思わせる。

 吸盤触手――確かそんな名前だったと思う。

 本当は大小色々あると聞いたけど、僕の仲間では胸用と言われる2つしかなかった。その一つ、ノートルさんだ。


 ――後は任せろ


 体のコントロールがノートルさんに移る。

 繁殖触手が暴発寸前だった僕には有難い。


 ――うおっ、こりゃすげー! うほー! うほおー!


 一方でノートルさんはメアーズ様の口の中になんかバシャバシャ出している。

 寸前どころかいきなり暴発だ。真面目にやれ!


 ノートルさんの吸盤触手がするりと胸元に空いた服の穴から入り、中で大きな吸盤を広げて胸に吸い付く。

 傷口は乳首のちょっと近く。メーアズ様は小さいから、両方とも吸盤の中にすっぽり入る位置関係。


「ごばっ、がばほぼ、ごは!」


 メアーズ様はむせまくっているけど、どうせ今の中身はおっさんだ。

 それでノートルさん、どうするの?


 ――こうするんだよ。


 きゅぽきゅぽと吸盤が動き、メアーズ様の中にいるものを吸い出していく。

 だけどただ吸うだけじゃない。傷口から血や毒、蟲を吸い出すけど、同時に血液などは戻す。僕の体に入るのは、あってはならないものだけだ。

 実はかなり器用で高度な技量。僕も出来るように、きちんと覚えないと。


 ただ、蟲と言っても大量に湧き出ていた蛆虫は実体化した存在だ。僕に触れても消えてはくれない。それどころか、どんどん体内に溜まっていく。

 うーん、お腹にもたれる……。


 吸い込むのはいいけど、出す手段がない。どんどんとたまる蛆虫。いったいどれだけ入っているのやら。

 だけど肝心なものが出てこない。まだ中で激しく抵抗している。

 実際には違うけど、しがみついているような感じだろうか。


 ――勢いを上げるぞ、テンタ。


 うん、まかせた。


 きゅぽきゅぽきゅぽきゅぽ! 吸引触手がさらに激しく吸い始める。今まで以上に激しく、まるで揉んでいる様だ。


「うっ、うぐっ、うぐうぅぅぅ~」


 口の中の繁殖触手の放出も勢いを増し、メアーズ様の嗚咽も動揺に激しくなる。なんだかいけないことをしているような気もしてくるぞ。


 ――まだだ、まだ吸うぞ!


 はい!


「うぐぐぐう、うっうぅー!」


 ――もっとだ! もっと、もっと、もっと勢いを上げるぞ!


 は、はい!


 ―――うはー、もう我慢できねぇ!


 吸引触手の脈動に合わせるかのように、繁殖触手からも大量の体液が吐き出される。

 こっちは何か意味があるんだろうか? 感覚をノートルさんが引き受けているからよく分からない。


「ごふっ、ごっ、うぐっ、うぐっ、うっ、うっ、うううぅっっっ!」


 でも感覚が無いとはいえ、メアーズ様の声が艶っぽくて、何だこっちまでムズムズする。

 いや、中身はおっさんか怪物……中身はおっさんか怪物……。


 ……ではあるんだけど、意識がメアーズ様のままだったら後で怒られるんだろうなー。

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