メアーズ様の変化

 ミリーちゃんは戦闘に巻き込まれないよう、障害物や影を利用して逃げ回っていた。

 おそらく天性の勘だろう。そうして移動しながら、あちこちになにか黒くて丸い物を置いていた。

 直径は10センチほど、高さは2センチほどだろうか。何だろう? 目印?

 表面に字が掘られているけど、僕には読めない難しい言葉だ。まあ、今度聞けばいいだろう。


 丁度その上に、隊長らしいフードの男が落下した。

 ん? あの上に落としていいのか?

 投げたのは言うまでもない、メアーズ様だ。合図もしていたから何かの間違いでもないだろうけど――。


 そう考えた瞬間であった。

 男の下敷きになった黒い円盤は轟音と共に大爆発を起こし、一瞬にして周辺を真っ赤な炎に包んだ。





 そういえば、ラウスが物凄い顔をして首から上が無くなっていた蝋燭人間の影に隠れるのが見えた。

 シルベさんは素早く死体を拾って盾にしていた。


 ……ああ、そういう事ね。みんなはあの文字読めていたんだ。ふーん。

 そんな事を考えながら、僕の体は炎に包まれ壁に叩きつけられていた。

 もちろん僕本来の体だよ。爆発が見えた瞬間、バステルの体は引っ込めたからね。


 熱いし痛い。なんだかひどい目にあった。

 というより、一つ爆発した瞬間、連鎖的に他の黒い円盤も爆発した。

 当然の様に、戦っていた連中の兵士達もご一緒だ。

 いや、正しくは少し違う。あの石を警戒している連中をシルベさんは狙って倒しているように見えた。

 残っていたのは僕のように字が読めない連中か、まともな思考が出来ないやつだったのだろう。

 見事に巻き込まれ、バラバラになった破片が撒き散らされた。

 蝋燭人間達も当然巻き込まれた。同情はするけど、やったことに後悔はない。

 多分もう、戻せないだろうから。


「メアーズ! しっかりして、メアーズ!」

「お嬢様、お気を確かに!」


 壁に叩きつけられて朦朧としていたけど、その間にメアーズ様が倒れていた。

 巻き込まれた? いやそんなはずはない。

 だけど怪我はなく、ゆらりと立ち上がる。やっぱり無事だったか。


「成りそこないだが、使い道はある」


 だけど、発した言葉はいつものメアーズ様からは想像も出来ない台詞。

 まるで人形の様な不自然な動き。そして感情を感じられない声。

 目や耳、鼻や口、そして服の裾から、ぼとぼとと赤いウジ虫が這い出してくる。

 どう見てもそれは、正常な状態ではなかった。


 しまった、いつからだ! 一番の可能性はあの短剣だ。毒? 魔術? 何かは分からないけど、あれに何か仕掛けがあったんだ。


「邪魔だ!」


 目にも止まらぬメアーズ様の蹴り。

 でも同時に、ラウスにとっては見慣れた蹴りだ。普通の人間なら直撃して死んでいただろうけど、近くに駆け寄っていたミリーちゃんを庇って避けるほどの余裕を見せる。

 お見事! と言いたいけれど、少し掠っていたようだ。肩から肩甲骨までが革鎧ごと裂け血が吹き上がった。


 これは色々とマズい。こんな時どうしたらいいんだろう。

 ラウス、ミリーちゃん、シルベさん。皆を確認するけど、全員の表情から解決策はうかがえない。絶望的だ。

 僕はといえば、今は普通の触手。いつもの切れ端だ。誰かに変身することは出来るけど、誰になれば良いの?

 迂闊に近づけば、かつてのケティアルさんのようになるのは目に見えている。


 殺すことが目的なら……一瞬過った馬鹿な考えを打ち消す。そんな事が出来るわけがない。

 いや本当に、色々な意味で。気持ち的にも物理的にも不可能だ。


「力はあるし動きも悪くは無い。ただの小娘にしては上々ではないか」


 そういって、メアーズ様だったものが動き出す。吊るされているコンブライン男爵の遺体――それも頭に向かって。


「何をする気かしら?」


 言葉と同時に、シルベさんが投げた短剣が大気を切り裂きメアーズ様に向かう。

 だけどそれは空中で掴まれ、そのまま朽ち木のように粉々に砕け散った。


 無駄だとは分かっていたけど心臓に悪い。いや僕にはないけどね。

 ここでメアーズ様を傷つける事はダメだ。それは僕の気持ちとかそういう事じゃない。本当に、彼女が欠けたらおしまいになる。そんな予感が僕の中を渦巻いていた。

 でもシルベさんにとっては、今のメアーズ様は倒すべき敵だ。


 どうするべきか?

 このまま二人を戦わせるわけにはいかない。多分勝つのはメアーズ様だろうけど、その結果も僕にとっては嫌だ。


 ――どうとでもなるだろうが。


 でも相手はメアーズ様だよ。


 ――人間には無理だな。人の体は脆すぎる。掴まれただけであの世行きだ。俺には分かるぜ、あれは怪物の類だ。


 なら――


 僕は分かった。誰が話しかけているのか。そして何をすべきなのか。だけど――、


 良いの?


 ――未練なんぞねえよ。それにこれでも恥ずかしがりでな。まあ見たければ、俺と関係の無い所で好きなだけ見てくれ。


 うん、わかったよ。”ノートル”さん。

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