あの時の刺客

 革鎧に短剣。それに黒い外套を身につけた兵士の集団。

 一人が額に矢を受けて倒れると、他の蝋燭人間の影から一斉に飛び出した。その数18人。


 だけどすぐにとびかかって来るほど無警戒じゃない。独特の動き。配置。僕はこいつらの動きを知っている。

 おそらく同じ人間に師事した連中。同じ訓練を受けた兵士。


「お前たちの動きには見覚えがあるな。アルフィナ様のお屋敷を襲った連中だ」


「これは驚いた」


 出てきた連中の一人。全く気配を感じさせない男。外套のフードを深く被り顔は見えない。

 だけど口元に刻まれた深い皴の様子から、かなりの高齢だと分かる。


「彼等には十分な訓練を施している。戦うための訓練もそうだが、素性を知られぬための訓練をだ。誰がどう見ても、普通の傭兵集団か腕の立つ盗賊にしか見えないはずだがね」


 確かに普通では分からないかもしれない。だけど僕の感覚器官は鋭い。ちょっとした動き、重心移動、互いの目配せ。そういったところから判断できたんだ。


「何故分かったのか……ハッタリでもあるまい。そして私にも分かった事がある。あの日送った実行部隊を全滅させたのは貴様たちだという事がな。後は蝋燭にしてからじっくり聞くとしよう」


 その言葉を合図に一斉に襲い掛かってくる兵士達。

 だけど他の皆に向かったのは牽制だ。本命は僕。当然だろうと思う。今ここで一番危険なのは、飛び道具を持った人間だからだ。そしてその腕前も披露したからね。


 僕に向かってきたのは5人。だけど、今の目標はこいつらじゃない。

 肩から生やした拘束触手を鞭のように使い、前から来た三人を弾き飛ばす。

 同時に反対側から生やした繁殖触手で一人をけん制しつつ、背中から生やした注入触手を一直線に伸ばし、後ろから来た男の肩に突き刺した。


 ダメージは大した事は無い。しかしこれはやっぱり猛毒だ。少しだけしか注入していないのに、白目を剥き生臭い匂いを撒き散らしながら叫んで転がっている。

 もし再びエリクセンさんと話が出来るなら是非聞いてみたい。この媚薬って、本当は何に使うつもりだったのかを。


 こうして襲い掛かってきた連中の足は止めた。だけど本命はこいつらじゃない。

 バステルの体を選んでいた幸運に感謝。そして、相手の迂闊さにも感謝だ。

 遺体を吊るす鎖の先。ほぼ根元に怪しい連中がいた。見るからに人ではない。魔族――それもかなり高位の存在だろう。


 2メートル近い体躯に4本の腕。艶やかな濃紺の皮膚は昆虫を思わせる。

 だけど頭は三角形で目も三つ。

 ヤモリのように天井に張り付いて様子を伺っていたが、フードの男の命令に反応した。そして高まる魔力。

 それが完了する前に、バステルの矢でそれぞれの額の目と体の中央を射抜く。何処でも良かったんだけどね。まあ、そこがなんとなく弱そうなところだったから。


 その読みは的中したのだろう。というか、普通に死ぬよねって感じでバタバタと二体の異形が落ちてきた。

 これはさすがに想定外だったのだろう。全員に明らかな動揺が見える。


 この異形が人を蝋燭に変えていたのか、それとも何らかの呪法でそのきっかけを作っていたのかは分からない。だけどもうどうでも良いだろう。

 だけどもし奴が『僕らを蝋燭にする』なんて言わなければ、やられていたのはこちらだったと思うよ。


 残るは侯爵にフードの男、それに人間の兵士だけだ。確かにかなりの訓練を受けた兵士達には違いない。実際二人を同時に相手にしているラウスは押されている。

 だけどもうその時には、メアーズ様は既に侯爵のところまで移動していた。


 途中には投げ飛ばされ頭が潰れた男、腹を蹴られ、内臓破裂で死んでいる男。回し蹴りをくらって首の骨が折れた女性……って女性兵士もいたんだ。気が付かなかったとは迂闊。

 でも仕方ないね。女性は殺さないで何て言える状況じゃないからね。


 そして壁に投げ飛ばされ絶命した二人の兵士。僕が5人と異形二体を相手にしている内に、彼女も5人の兵士を倒してたことになる。それも侯爵を守っていた手練れをね。

 改めて思う……絶対に怒らせないようにしよう。

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