飾られたオブジェ

 ぐるぐると回すタイプの、ハンドルのような大きなドアノブ。

 それを回しきると、ガチンという大きな金属音が鳴り響く。

 その音を利用して反響定位エコーロケーションを試してみるけど、どうにもよく判らない。

 いや、分かるんだけど理解の範疇を越えているというか……でもまあ、行くしかないな。


「では俺から行こう」


 扉は重い密閉型。防火? 防水? まあそんな感じの扉だろう。

 その先は今までの華美は消え、まるで地下蔵の様なアーチのトンネルだ。

 そしてその奥には、明るい光に照らされた部屋がある。だけど今までの光と違い、揺らめき微かに明滅している。魔晶の光じゃない。蝋燭か何かの自然光か。

 ただ少し驚いたのは、ここには一切の霧が立ち込めていない事だった。


「おお、こんな所に客人とは珍しい」


 アーチのトンネルに、奥からの声が響く。


「遠慮せずに進むがいい。さてどんな歓迎をお望みか。死か? それとも生か?」


 まるで対極のようなことを言っているなと歩きながら思う。だけど違う、間違いない。多分だけど、両方とも似たようなものだ。そしてこういう時、決まって後者の方がろくでもない。

 それよりなんだろう。呻き声……いや、少し違う。人には聞き取れない範囲の音。何かの鳴き声のようにも感じるけど……。


 部屋の中は無数のろうそくに照らされた不気味な部屋だった。

 広く、そして天井も高い。まるで塔の中の様に円形で、壁にはぐるりと回るように階段が設置されている。どうやら、そこから登れるようだ。

 まあそうだよね。出入り口が一か所だけって事も無いだろう。


 部屋は古い石造りだけど、あまり湿度は感じない。ここまでと同じで、しっかりと対策されているね。

 でもそんな事よりも、僕らはその部屋の光景に絶句していた。


 壁一面に置かれたのは人間サイズ、そして人間の形をした無数の蝋燭。それは階段の上までたくさん並んでいる。

 ユラユラと揺れる炎の下は大抵溶けているけど、まだ新しいものもある。


 手があり足があり顔がある。その顔は恐怖に歪み、頭には炎が揺れている。

 男も女も、大人も子供も、種類は様々だ。

 だけど口から上が残っている蝋燭は唸り声をあげ、中にはハッキリと言葉として聞き取れるものもあった――「熱い、熱い、熱い! 殺して――誰か、誰か早く殺して」と。

 でも、それは僕にだけ聞こえる音。他の人には聞こえていない。入る時に聞こえていた奇妙な音は、この声が反射していたんだ。


 そして天井からはいくつもの鎖が伸び、先端に吊るされた重りでユラユラと揺れていた。

 吊るされているのは人の体。いや、パーツ。

 何人かの頭、胴、腕、足。その中には、僕が知っている人もいた。


 短くカットした金髪。そしてハンサムだが、苦労が刻み込まれたような顔立ち。いつも手入れには気を使っていたが、今では無精ひげが目立つ。

 僕らが探していた人。僕を受け入れてくれた人。アルフィナ様の為にも、絶対に生きて連れて帰りたかった人。 ベルトウッド・コンブライン男爵閣下……。


 他にも白い立派なひげを蓄えた太い男性がバラバラにされて揺れていた。

 僕の後ろで、炎が吹き荒れているような錯覚を感じる。それが誰かを確認するのは後にしよう。多分、その必要は無いだろうから。


 その不気味なオブジェクトの脇には、黄金製の豪華なテーブルと、これまた黄金をふんだんに使った豪華な椅子が2脚置かれていた。

 テーブルの上にあるのはゲーム版。互いにコマを動かして1対1で戦う戦いゲームだ。

 それに度数の高いウイスキーの瓶とコップが2つ。片方は空だけど、もう片方には注がれている。

 そしてそのグラスの置いてある椅子には一人の男が座っていた。


 かなり高齢のように見える。60歳から70歳だろうか。短く刈った真っ白い髪に金糸を使った豪華な帽子。

 服もオレンジの高価な絹生地のオシャレな品だ。相当に高いだろう。まあ、値段もそうだけどデザイン的にも庶民が着るようなものではない。

 胸元には“8本首のヒドラの様な木と、同じく8本の蛇に見える根の紋章”。センドルベント侯爵家の紋章をつけている。

 その上から羽織っているのは、黄金に輝くガウン。なんともいかにもな貴族様だ。


 何て暢気に観察している場合ではない。

 背後からイノシシのように突進したメアーズ様を感じるが、普通に掴んでもダメだ。

 きっと服をビリビリと破りながら突っ込んでいくだろう。

 そんな訳で、腰にタックル。互いにビタンと床に突っ伏すが、ここは仕方が無い。


「何よ、離しなさい!」


 離さないと多分僕は殺される。メアーズ様に。だけど――、


「落ち着け! 死にたいのか!」


 すぐさまラウスが倒れたメアーズ様の前に出ると、シルベさんは腰の剣を抜いて周囲に備える。


「ミリー、使徒は?」


「いないね。”今は”という事は付けさせてもらうけどね」


 まあ、今いないならそれで十分だ。

 すぐに立ち上がり暗闇へ向けて弓を放つ。向こうはまさかと思ったのだろう。本当にそんな顔をして、階段の上にあった蝋燭人間の影から一人の兵士が崩れ落ちた。

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