嘘と真実 後編

「残念ながら先ほどの彼――治療術士のカーツは、もう治療をすることは出来ない」


「どういうことだ?」


 僕の言葉を受け、今度はベリルが聞いてくる。言ったのは彼だが、興味津々で僕を見ているミリーちゃんが怖い。彼女は魔法の専門家。多少の嘘が通じそうなベリルより、ある意味こちらの方が危険だろうなー。


「カーツの魔法は強力な分、制限がいちじるしく厳しい。詳細は機密の為に伝えられないが、少なくとも数年……いや、もしかしたらもはや同じ魔法は使えないかもしれない」


 誰だったかは分からないけど、背中から生えた触手時代に魔法の知識としてそんな事があるって話を聞いた気がする。

 僕の勘違いでなければ、これは真実として通じるはずだ。


「魔法使いの魔力の原点が明かせないのは分かるよ。じゃあそれ以外は? 小規模な回復魔法なら期待できるのかな?」


「それも不可能だな。カーツは当面の間、こちらに来ることは出来ない」


 ……まあ、当分どころじゃないんだけどね。僕が再びカーツさんの姿になるのは、回復魔法を習得してから――それも並大抵の術じゃダメだ。そうでなければ彼の人生に失礼だよ。


「マジックアイテム……反動……代償の大きさを考えれば……」


 これでミリーちゃんは考える材料が出来たのか、ぶつぶつと呟きながら考えを纏め始めた。

 よし、彼女さえ押さえれば何とかなるだろう。


「それで、その大事な一回をあそこで使ってよろしかったのかしら?」


「というより、それしかなかった。こちらの行動は最初から無謀だった。出たとこ勝負で飛び込んで、残りは運任せ。やるしかなかったが、成功する可能性は限りなく低かった。違うか?」


「否定はしませんわ。どっちにしても、あのままでは藻掻もがいいて足掻あがいいて死ぬしかありませんでしたもの」


「それでもやらなきゃいけないってのは辛かったよねぇ」


 ミリーちゃんが茶化すが、実際のところ本当にそうだ。

 逃げられないからやるしかなかったけど、それは出来るって事とはまるで違う。

 山火事から逃げるために崖から飛び降りたようなものだった。


 メアーズ様も考え始めたが、多分出る結論は同じだろう。

 僕達に今一番必要なのは情報だ。

 僕らのような子供主体の素人集団と違って、彼女らは組織された大人。一人でいた事には一抹の不安はあるけれど、でもミリーちゃんが出会った時は集団だったらしい。他にも仲間がいる事には期待できる。


 それに僕らと違って、時間も十分にあった。当然ながら男爵の位置を把握し、地形を確認して作戦も立ててあるだろう。もちろん、脱出の方法まで用意されていると考えて良い。

 一応、シルベさんも情報を持っていない可能性だって考えた。でもそれは限りなく低い。

 それに、それなら仕方ないじゃないか。理由はあったんだ。あそこで見殺しにするなんて僕にはできなかった。結局、それだけで十分なんだと思う。



「悪いけど、私にも食べ物と水を頂けるかしら?」


 そう言ってシルベさんが立ち上がる。ほんの僅かの間に、まるで怪我など無かったかのように回復している。これがカーツさんの魔法の力か。

 いや、本当に惜しいとは思っているよ。あんな呪文を使えたら格好いいじゃないか。でも今はもう考えない様にしよう。


 メアーズ様が乾燥させた花肉と酒の入った革袋を渡すが、最初匂いを嗅いで酷い顔をした。

 まあ、お酒はちょっとまずいよね……と思ったら、難があるのは乾燥花肉の方だった。

 確かに慣れないと独特の生臭さと鉄の味があるし、唾液と混ざって真っ赤になる性質がある。

 でも結構美味しいんだよ。僕らの主食の一つだったからね。

 いやまあ、それはどうでも良いんだ。


「一応、そちらの目的を教えてもらえるかな?」


「隠しても仕方ないわね。コンブライン男爵の救出よ。ただ残念ながら、私たちのチームは全滅。後は他のチームの成功に賭けるしかないわ。それと愉快な情報ではないけれど、サンライフォン男爵もこの町にいるわ。もし同時に発見したら一緒に逃がす予定だけど……」


 そう言いながらメアーズ様を見るが……。


「父なら大丈夫ですわ。今回の一件とは無関係ですもの。でもまあ、こんな所から逃がせるのなら大歓迎ですわね」


 まさかメアーズ様のお父様がここにいるとは思わなかったけど、シルベさんの目的が予定通りで助かった。

 これで何とか、希望の光が差し込んだ気がするよ。


「じゃあそろそろ、貴方達の目的を教えて頂戴」


 今度はシルベさんが僕らに質問をする番だった。

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