これまでの説明

「……呆れた」


 僕ら……というよりメアーズ様とミリーちゃんの説明を聞いた後、シルベさんは心の底から呆れた顔をして頭を抱えていた。


「つまりはサンライフォン男爵家復興の為に、メアーズ様はここまで来たと」


「そうなりますわ。言いたい事は分かりますが、他にこんな機会、そうそうあるものではありませんもの」


「その信ぴょう性は……ええと、バステルでいいのね? 貴方の組織が何とかすると」


「微力ながら、必ずや果たして御覧に入れましょう」


 ああ……これは本当にどうしよう。でもアルフィナ様救出のためには手段は選べない。

 ただ僕もそうだけど、メアーズ様もエリクセンさんの事は言わなかった。

 やっぱり、この事は最優先機密だ。


「それでミリー、貴方はコンブライン男爵の救出に来たと。私はてっきりあのまま逃げたとばかり思っていたのよ」


「まあ仕方ないよね。男爵家が無くなったら全てがパア。代々継いだ錬金工房を捨てて、今更どこへ行く当ても無いしね。それに現実問題として、コンブライン男爵閣下がアルフィナ様の元へ連れて行かれたら終わり。逃げ場も無いしねぇ」


「それに関してもわたくしも同じですわ。逃げ道がない以上、やれることをやるだけでしょう」


 そういやミリーちゃんは、一度シルベさんに助けられているんだったな。

 まあ普通の人間が、こんな所に戻って来るとは夢にも思わなかっただろう。でもミリーちゃんも普通じゃなかったって事だね。


「その点はまた詳しく聞くとして。まさか子供と護衛が二人、それが得体の知れない組織の協力の元で男爵閣下を救出し、これまた得体の知れない生き物ナマモノをアルフィナ様の元へ送り届けると。出来ると思ったの?」


「あら、やらなかったら平穏無事に過ごせたのかしら? やる以外の手段があったのなら、是非ご教授頂きたいですわね」


「ハイハイ、それはそっちの言い分が正しい」


 シルベさんはちょっと諦め気味だ。

 一方の彼女たちは、コンブライン男爵を救出して安全な場所まで送る。そういうミッションだったようだ。

 シルベさんのチームは偵察や監視。それに見つけた男爵様が本当に本人かを確認するため。戦闘には極力関わらないはずだった。でも世の中、そうそう思い通りにはならないもので……。


 その後でアルフィナ様を取り返す算段を考える予定だった。手段は交渉から荒事まで色々とあったに違いない。

 でも現状は白紙。全ては男爵様の救出が最優先。要は、僕らとは事情が正反対。

 僕らのメインはアルフィナ様であって、男爵様は正直言えば無視できるならそうしたかった。

 でもシルベさんたちは男爵様の救出が最優先で、アルフィナ様の事はその後で考えればいいと思っていたんだ。

 僕らと話をするまでは――だけどね。


「それで使徒とアルフィナ様が出会っちゃっているってのは……あー、もう聞くまでも無いか。世界がおかしいことぐらいは察しが付いていたわよ。でもまさか、使徒が動くとはね。完全に予想外だわ」


 諦めた様に天を仰いで酒をあおる。いや本当に諦めないでよ?


「聞きたい事は山盛りだし、ちょっとお説教もしたいところだけど、現状が現状だけに後にするわ。それでミリー、貴方はちゃんと持って来ているの?」


「そりゃ家の工房の存在意義だからね」


 そう言って懐から錬金術師の袋を取り出すと、中からブリキの缶を取り出す。

 中に入っていたのは油と混ざった銀色の金属粉。金属の磨き粉だね。さほど珍しいものじゃないし、缶も市販品。


 そういえば、教会のオーク退治の時もこれで武器を磨いたんだった。懐かし……あれ?

 ごく普通の缶、普通の磨き粉。布に付けてゴシゴシ擦るだけの物。なのになぜだろう、懐かしい。というより、これは何かが普通と違う。

 僕は以前、これと同じものを触った気がする。いつだっけ? 昔過ぎて全く思い出せない。


「それは何ですの?」


 まとまりそうでまとまらなかった思考が、メアーズ様の質問で切断される。


「家の工房が神対策を専門にしているのは知っていたでしょ?」


「その位は当然ですわ」


 いや、僕は初耳だけどね。


「その過程で、使徒に対するモノも色々と作っていた訳よ」


「存在的には近いものだし、副産物だと思ってくれていいわ」


 シルベさんから補足が入る。そういや――、


「ミリーが使徒について知っていることも驚いてはいましたが、シルベさんもご存じ……というより、それが用意してあって当然という様子ですわね。つまりは……」


「あまり言いたくは無いのだけどね。アルフィナ様の周辺には出るのよね、使徒が」


 いや待って。それって大事なんじゃないの?


「でも直接的なアプローチはしてこなかったし、人との接触も避けていたわ。あれは神のしもべであり、同時に世界を知るための目であり耳。仮に人間が襲ってもどうにもならないけれど、向こうもまた余計なちょっかいは出さないし、出されたくもないってところね」


「でも今度は出してきましたわ」


「アルフィナ様の件は特殊な事例として……大蜘蛛とやらは状況を見ていないから理由は不明ね。何か狙いがあったのか、単に通行の邪魔だったのか。まあミリーが分からない事は私にも分からないわ。実は以前住んでいた屋敷が燃えた時、何体もの使徒を確認したのよ。でもなぜか、全てがそのまま姿を消した。今でもその理由は不明よ」


 怖! あの時そんな事になっていたのか。

 大蜘蛛の使徒と戦った時の事を思い出す。あんな感覚は二度とごめんだなー。

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