安全な場所へ

 とにかく、僕らには土地勘が無いどころじゃない。この町の事なんて本当になんにも知らないんだ。

 それでも来なければならなかった。無謀といえば無謀すぎる。だけど、それでもここに来ないなんて選択はなかった。

 まあ結果はいきなり散々だったけどね。でも、ここでシルベさんと合流できたのは心強い。


「メアーズ様、外の様子は?」


 僕の反響定位エコーロケーションでは今一つ分からない。動いている人間はいない様ではあるけれど……。


「遠くで亜人共――まあ、あの声はヤギ人間ゴートマンね。あの連中が騒いでいるけど、こっちはもう片付いているわよ」


 音、温度、匂い……様々な感覚を駆使して周囲を確認するけど、確かに生存者はいない。

 僕が媚薬を打ち込んでおかしくなってしまった男も、いつの間にかベリルに喉を掻っ切られて死んでいた。

 容赦のなさは、今は怖いよりもありがたい。


「では移動しましょう」


 そう言って、まだ満足に動けないシルベさんをお姫様抱っこする。

 同時に跳ね上がる彼女の鼓動。体温が上がり、顔も真っ赤だ。

 いや待って、何でこんな急に乙女な反応をするの!? こっちまで恥ずかしくなるよ――ってアレだね、僕が全裸だからだね、ハイ。


 でもこいつらの服をはぎ取ってきている余裕は無い。とにかくは移動だ。

 僕はシルベさんを抱えたまま、再び霧の町へと踏み出した。

 今度は城壁ではなく、ちゃんと町の中へだけどね。





 〇     ■     〇





 城壁を越えて町の中に入ると、とにかく水の音が凄い。

 この町の中には、何本もの川が流れ込んでいる。まるで中洲の中に作った町だ。

 まあ実際にそんな事をすれば洪水の度に滅びるので、本流の川は別のところにあるのだろう。

 ここは農業用水や運河の為の水路を巡らせた造りだと思われる。

 水が豊富なところは良いね。僕が住んでいたレーヴォ村は……。


「そこを右よ。橋は木だから音に気を付けて」


 周囲は相変わらず霧に包まれている。だから見えているはずが無いんだけど、シルベさんは的確に指示してくる。というか、余計な事を考えている余裕も無いよね。今は村の事は忘れよう。


 彼女は本当に町を完全に把握しているといった感じだ。ここの出身者でもない限り――いや、たとえこの町に住んでた人でもこんな芸当は出来ない。

 改めて、このシルベさんって人の事を考えさせられたよ。





 ❖     ◇     ❖





 そんなこんなでシルベさんの案内で霧の町を進み、鍵のかかっていない民家に辿り着いた。一階建ての平屋。事前に反響定位エコーロケーションで確認するけど中には誰もいない。

 事前に用意していた隠れ家みたいなものだろうか?


「ここに住んでいた人間は始末済みよ。死体は大量の芋虫になってどこかへ消えたわ」


 うげえ。でもそれはあんまり良くないな。もうここは何が目で何が耳かも分からない。

 その芋虫が敵に知らせるかも……ううん、そんなの今更だ。実際にここまで移動してきたんだし、細かい事を気にしすぎても仕方ないよ。

 変容は生物も無機物も関係ない。今まで歩いてきた道が急にしゃべり出したって驚きはしないさ。

 でもまあ――、


「取り敢えず少しは休息できるって事で良いのかしら?」


 返事も待たずに背嚢バックパックに入れてあった乾燥花肉を取り出すと、さっさとかじり出す。

 いつも思うけど燃費が悪いなー。


「ここで安全と言えるような場所は無いと思うけど、今は大丈夫だと思うわ」


 ――と、メアーズ様の方は見ずに僕の瞳をじっと見ながらシルベさんが答える。

 相変わらず顔は真っ赤。うるんだ瞳も、なんだかいつもと違う。

 あ、そうだった。まだお姫様抱っこしたまんまだった。女性からすれば、かなり恥ずかしかっただろう。


「気が付かずすまない」


 玄関などはない。入ってすぐが居間だ。手近な木のイスに座ってもらい――と思ったけど、まだ座るだけの体力もなさそうに見える。

 申し訳ないけれど、壁際の床に置く。むしろこちらの方が楽だろう。


 置くときにしがみ付くように握られたけど、ここは我慢してもらおう。

 確かに綺麗とは言い難いけど、ベッドとかを探して置いて行ける余裕も無いんだよね。

 というか、戻ってきたら食われて骨になっていましたとかも十分あり得る。目の届くところが一番さ。


「これからあたしらはコンブライン男爵閣下の救出に行かなくちゃいけない」


 もぐもぐ食べ始めているメアーズ様の代わりにミリーちゃんが仕切りだす。


「だけど男爵閣下の位置どころか現在位置も分からない状態だ。その点を聞きたいところだけど――」


 丸眼鏡の奥にある緑の瞳が怪しく光る。まさに興味津々といった感じだ。

 それに意図したものか偶然か、あそこで僕がシルベさんを助けた理由を正確に悟っている。侮れないなー。


「――ええと、名前を聞いていなかったね。それも聞かなきゃいけないけど、まあそこはどうでも良いんだ」


 いいのかよ! いや、いんだろうな。ミリーちゃんにとって、そんな事はどうでも良いんだろう。


「さっきの魔法、それに体から生えていた触手のような器官。それにそうだね、君らが入れ替わったのにも驚いた。何者なんだい? そろそろ聞かせてもらってもいいと思うんだよね」


「わたくしとしては、懐から股の間まで伸びたテンタについてじっくりと聞きたいところですわね」


 あー、落ち着けば当然こうなるか。

 当然のようにシルベさんやラウスとベリルも注目している。

 語らなければいけないだろう。だけど全てはダメだ。どこまで嘘を付けるかが勝負だなー。

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