今か未来か
治療術士……かなり本気で驚いた。言葉通り、他人の傷を治す魔法の使い手だ。
治すと言っても単なる怪我や病気、毒などの中毒、そしてやり方は様々だけど死者の蘇生すら可能にする人もいるらしい。
魔法の中でもトップクラスに人気が高い。なにせ汎用性の高さと需要は最高級だ。
技量次第ではあるけれど、高位になれば生涯生活には困らない。
たいした技術を習得できなかったとしても、そこそこの傷さえ治せれば仕事は幾らでも見つかるだろう。
しかも習得は魔法の中でも特別難しいわけじゃない。
人気の高さも納得だよ。
だけど万能じゃない。人はどんどん死ぬし、一生残る怪我を抱えて生きる人もいる。
もし何でも治せて蘇生も簡単なら、そんな事なんて無くなるよ。だけどそうはいかないんだ。
魔法は様々な種類がある。体内の魔力を使うもの。自然に漂う
回復魔法は、この魔力をドカ食いする。更にもう一つ、魔力以外に求められる代償がある。
術にもよるけど、大抵は体力。それに治した部位の肩代わりだ。
肩代わりと言っても、等価交換ってわけでは無いよ。だけど傷を治せばその部分は痛む。死者の蘇生ともなれば、それこそ術者の命と交換とも言われるけどね。
それ程ではなくても、重症者の治療ともなれば負担は相当なものだ。それだけで治療術士が倒れてしまう事だってある。
だけど人の欲は限りない。死ぬ事がないのなら、一時の痛みで済むのなら、無理をしてでも治してくれとなるのが常だ。
大病や大怪我、それは当事者にとっては一生の問題だからね。
だけど人それぞれ限界がある。
『なぜ自分や家族を治さないんだ! 金が足りないのか! 権力が無いからか!』
そんな怒りが暴動へと発展し、理不尽に殺された治療術士は多い。特に昔はね。
だから特に高度な治療術士は、国や貴族、教会や神殿が抱えていることが多い。
人の欲を押さえて治療術士を守るために権力者が抱え込むんだ。もちろんそれが気に入らない人は多いし、その気持ちもよく判る。
余談が長くなってしまったけど、今のシルベさんの状況は最悪だ。
並の術士で治せる程度の怪我じゃない。でも――、
治せるの? 本当に?
――ああ、勿論だよ。だけど、それを決めるのはテンタ、君だ。
わざわざ聞くって事は何か意味があるんだね。聞くよ。その選択に、どんな意味があるの?
――テンタはこれからたくさんの事を勉強して、いつかは魔法も使うんだろう?
うん、文字だってまだまだな僕が言うのも恥ずかしいけど、これから沢山の事を覚えたいんだ。当然、魔法だって覚えるよ。回復魔法は特に覚えたい筆頭だね。
――もしテンタがそれなりに魔法を覚えた状態であれば、これから行う回復魔法の一端は理解できると思う。
一端程度なのね。
――それ程の高度な魔法なんだよ。でもその一端さえ覚えれば、その後研究し、勉強し、いつかはテンタもこの魔法を使えるようになるかもしれない。
ただ、それはあくまで可能性だ。生涯をかけたって無理な事はある。
それ程に難しいんだ……。
――使える人間は限られている。それなりに高度な魔法だし、門外不出の術でもあった。これを覚えることは、今後のテンタにとってとても頼もしい力になるだろう。もしアルフィナお嬢様が瀕死の重傷を負ったとしても、君は治癒することが出来る。
だけど……今使ってしまうとダメなんだね。
――基礎も無しに使えるようになるほど甘くは無いんだ。ここで使ったとしても、君は何一つ理解する事も出来ず呪文は失われてしまうだろう。
何処かに書物とかは残されていないの?
――……無いと思うよ。書物も、研究資料も、何もかも全て燃えてしまった。
一瞬だけど、燃え盛る石の塔が見えた。
石は真っ赤に焼け、黒煙を上げながら溶けて流れていく。それを外から僕は――いや、カーツさんは呆然と眺めていた。
何処かで聞いたことがある。塔の魔術師。条理の破壊者。悪の魔法使い。
――さあ、決断の時だよ。考えている時間は残されていない。何より、彼女がもう長くは無いだろう。未来の為に彼女の死を受け入れるか、いま彼女を救うかだ。
突きつけられた選択。だけど僕は迷わなかった。迷う理由もなかったんだ。
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