狼煙台の戦い

 部屋にいた兵士は13人。一人で相手にするには無茶な数だと思う。

 だけど最初に狼煙台から出る前に二人を射抜き、目の前にいた兵士の心臓を剣で突く。

 右手の骨が露出していて気持ちが悪かったけど、感覚が鈍いのか? いや、そういった次元じゃないだろう。

 ぼんやりと首だけで振り向こうとするけど、こいつはもう死ぬ。というより、何が起きたのか理解していないって顔だ。もしかしたら、自分が何者なのかもわかっていなかったのかもしれない。


 倒れる前にこいつが腰から下げていたハチェットをゲット。更に繁殖触手で近場にあった剣を拾って剣と鉈の二刀流だ。

 ついでに残る敵は10人。


 その時には既に、拘束触手で拾った剣で2人の兵士を倒していた。

 空気を切り裂き、死角から斬りつけてくる触手による剣の攻撃。室内で薄いとはいえまだ霧の中。いや、そんなものが無くても避けられはしないだろう。

 そして手の空いた繁殖触手を、シルベさんの前で脱いでいた男の首に巻きつけて壁に叩きつける。


「な、なんだ!」


 まだ理解できないといった2人の兵士を追加で斬り倒したところで、やっと状況を理解したようだ。これで倒した数は7人。


 ここまでおよそ10秒。でも、まだ彼らの頭は完全に入り替わっていない。未知の状況に対して防御態勢を取り始めた状態だ。

 最初の攻撃はうまく行った。でもシルベさんの意識が消えていく様子が分かる。

 猶予はない。一刻も早く終わらせなきゃ!






 残る敵は6人……と思ったら、繁殖触手で壁に叩きつけた男は大した怪我もしていない。やっぱり繁殖触手は弱いなぁ……。

 そんな訳で、その額にハチェット突き立てて残るは改めて6人。


 だけど手を休める事は無い。剣を抜き始めた男、壁に立てかけてあった斧を取ろうとした兵士を続けざまに倒して残るは4人。


 部屋に散った血飛沫は、まだ死体から溢れる様に噴き出ている。

 まだ20秒も経過していない。彼らの意識が状況の判断を断念。ただ生存のみを優先する。

 だけどまだ遅い。ようやく剣を抜いた男の心臓を、拘束触手を槍のように使って貫く。うん、出来ると思った。これは人間の体より遥かに強い。ただこれは最後の手段かな。刺したは良いけど抜けないなんて事になったら大変だからね。

 さっきまで持っていた剣? あれは二人目を斬った時に折れちゃったよ。こいつら、武器も鎧も結構安物だ。


 それにしても大活躍の拘束触手に対して、繁殖触手はダメっぷりが目立つ。何と言うか、刺激に弱すぎるんだよね。

 先端に何かが触れると、大事なところをこすられた感じがしてビクンとしてしまう。妙に感度が良すぎるんだ。この触手はあまり戦闘向けじゃないな。


「き、貴様ぁ!」


 目の前にいた兵士が叫ぶ。こういう時に叫ぶのは、動物の本能だろうか。

 そんな事を冷静に分析できるのは、きっとエリクセンさんから託された剣術の為か。もしくは、ぼくがもう人間じゃないからか……。


 叫んだ男は片目に眼帯をして、角の付いた鉄兜を被った男だった。眼帯を見て、アルフィナ様を思い出す。

 だけど容赦する気持ちは無い。こちらは相手が叫び始めた時にはもう、剣を腹部に突き刺していた。


 これで残るは二人。一人はまだ狼煙台とこちらをキョロキョロと見ている槍を持った男。あれは戦力外で良いだろう。


 もう一人は頭からカマキリを生やした変な男。いや、あれはまだ実体化していない。病人に沢山張り付いていた蟲たちと同じものか。

 歳は30を超えたくらいだろうか。頭髪は無いけど、肩から茶色い髪が見える。後ろは伸ばしているのか。

 胸甲ブレストプレートを着用しているけど、割れた腹筋は剥き出しだ。よほどの自信があるのだろうか。

 剣は腰に挿した長物で、片手でも両手でも使える微妙なサイズ。バスタードソードと呼ばれる種類だったと思う。


 これだけの状況なのに自信たっぷりな表情。でも目は左右きょろきょろとせわしない。もう頭のカマキリが本体なのかもしれない。

 だけど剣を抜く動作にも無駄が無く、斬り込む事も触手で攻撃する事も出来なかった。こいつは相当に強い……この連中の隊長だろうか。





 なんて思っていたら、狼煙台からドサドサと何かが落ちてくる。再び上がる灰の煙。

 何事!? と思った時には、近くの兵士が狼煙台に向かおうとしているところだった。


 何事かは分からないけど油断は大敵。拘束触手でまたもや剣を拾い、狼煙台を見ていた男の頸椎に付き立てる。

 だけどその時には既に、頭にカマキリを生やした男の斬撃が僕の胴体めがけて迫っていた。


 ギイィン!


 慌ててガードするけど、それだけで激しく火花が散り手が痺れる。

 やっぱり相当な使い手だ。こちらもバステルの腕力とエリクセンさんの技がなければ危なかった。

 というか、ひいふうみい……残りは14人か――って増えているじゃん!


 まあ仕方ないけどね。ここでの騒ぎを聞きつけて、外から入り込んできたわけだ。

 ヤギ人間ゴートマンがいないのは、それなりに指揮系統が違うせいか。この連中は亜人でもないけど正規兵でもなさそう。傭兵ってところだろうな。


「話は後だ! とにかくそいつらをぶっ殺せ!」


 カマキリ男が大声で叫ぶ。見た目はあまり緊張感が無いけれど、その声と凄みは僕の動きを一瞬止める。


 シルベさんの心音もどんどん弱まり、体温も下がってきている。

 こんな事でそんなに時間は取っていられないのに。

 それに、何人かは傷を抑えながらも起きだしている。さっきの叱咤が効いたのか。

 完全に死んでいるのは7人。残りは負傷させただけだ。これじゃあもう間に合わない。


 いや、待てよ。

 よくよく見れば14人の内、二人の少女と二人の兵士。この4人は味方だ。

 煙を斬り裂き、入り口から入ってきた兵士の前に小柄な少女が跳躍する。同時に放たれる蹴りは、安物の金属鎧を潰すと同時に敵の援軍を霧の中へと吹き飛ばした。

 メアーズ様たちは階段を使わず、一緒の狼煙台から落ちてきたんだ。なんて無茶を! だけど助かった。


 即座に二人の兵士がメアーズ様の護衛に付き、ミリーちゃんがシルベさんの元へと駆け寄るのが判る。

 あっちはしばらく任せても大丈夫そうだ。

 それじゃあ、僕は僕の仕事をしよう。

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