それは最後の幻か

 他の男たちも、一斉にシルベに群がっていた。

 股間を露出させた男が乱暴に髪を掴み引き上げる。

 せめてコイツに一矢報いて……そう決意するが、もう顎に力が入らない。口はまるで受け入れる様にだらしなく開きっぱなしだ。

 痛みよりも何よりも、情けなくて涙が出る。


 このまま全身に穴を開けられ、死ぬまで……いや、死んでも飽きるまで凌辱される。

 そんな事になるくらいなら自害したい。抵抗したい。だがそれすらも許されない。

 絶望に染まり目から生気が失われる。その目の前に、突如何かが狼煙台から現れた。





 今の狼煙台は、本来の使い方ではなく暖炉として使用されていた。

 その中から灰と煙、それに炎を吹き上げながら何かが飛び出した。

 長い黒い髪。少し褐色の体。服など何一つ身に受けていない。完全な全裸。


 手には弓矢を装備。しかしこんな狭い所で――そう考えた時、持っている武器は剣になっていた。痛みのせいか、絶望のせいか……意識が飛んでいるのだろう。

 だがそんな考えは、頭の隅から一種で消えた。


 手にした剣で、一瞬にして男たちを葬っていく。それはまるで鬼神。いや、死神がごとしであった。





 •      ◎     ●





 くぐもった嗚咽や臭い。男たちの笑い声や体臭に混ざって流れてくるそれは、間違いなく知っている人の物。

 間違いない、シルベさんだ。


「この先に下に降りる階段があります。その先へ行ってください。私もすぐに追いつきます」


 そう言って、迷わず狼煙台に飛び込んだ。

 メアーズ様が何か言っていたが、何と答えたかは覚えていない。

 それ程までに、反響定位エコーロケーションで確認した中は余りにも凄惨な状態だった。


 頭に血が上り、眩暈すらする。だが意識は鉛のよう。今までの人生の中で、自分がここまで怒るタイプだとは夢にも思わなかった――ただの今までは。


 落下と同時に目の前にいた兵士達の頭を射抜く。同時に飛び出した時、拘束と繁殖、2本の触手を肩から伸ばし、手近にいた兵士の武器を回収する。

 繁殖触手は戦いには使えないけど、何かを拾う位の事は出来る。弓矢は捨てて、回収した剣に持ち変える。

 兵士達はまだ状況を理解していない。そうだろう、まだ着地した時の粉塵が撒き上がった瞬間だ。

 反響定位エコーロケーションで先に確認できたことのアドバンテージは、十分に大きかったのだ。


 なぜか右手の骨が露出していた大男の心臓を背中から一突きし、代わりに腰に下げていたハチェットを掴む。同時に繁殖触手で新しい剣も拾って二刀流だ。これでキョトンとしている2人の男を斬り伏せる。

 部屋に血の噴煙が吹き上がり、ようやく兵士達もこちらに気がついた。


 ――初めて自分の意志で人を殺してしまった。


 狂気にぎらついた男たちの目を見ながら、僕はそんな事を考えていた。

 思ったよりもずっと冷静だった。怒りがそうさせたのだろうか?

 そうじゃない。かつてエリクセンさんが、そしてバステルが僕の為に戦ってくれた。そして人を殺した。手本を見せてくれた。

 だから次は僕の番。どうして躊躇ちゅうちょなど出来るのだろう。


 それに、初めて人を殺すのがこいつらで良かったと思う。

 体を見る限り、多くはもう人間と呼べない状態だ。そして心はもう――いや、もしかしたら最初から、僕の考える人ではなかったのかもしれない。

 少なくとも、こんな非道な連中からシルベさんを救う事に、僕は一抹の躊躇いためらいも無かった。





 涙で曇り、ぼんやりの視界の中で一人の男性が戦っている。

 長い黒髪。逞しい筋肉。そして全身から発する、輝くような若さと覇気。

 自分を助けるために現れた英雄ヒーロー……。


(最後の最後で……ずるい……)


 消えゆく意識の中、シルベはそんな事を思っていた。

 彼は自分の為に戦ってくれている。なら、自分も応えなきゃ。ありがとうと言わなきゃいけないのに……。


 潰された足からの内出血で、もう周辺は壊死を始めている。

 傷口からの出血も止まらず、体は冷え切って力も入らない。

 最後の最後で願いが叶った事に対する喜び、それに応えられない事への悲しみ。複雑な感情を胸に、シルベの意識は闇へと墜ちて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る