絶望の中で
「ぎゃあああああああああ!」
霧の中にシルベの悲鳴――いや、絶叫が響く。
右の皿骨を間接ごと砕かれた。もう走る事はおろか、歩く事すら出来はしない。
いや、もうそんな事を気にする必要もないのかもしれない。無事な左足の足首を掴まれ、彼女は霧に曇った空を見上げながらズルズルと引きずられていった。
〇 ◇ 〇
石の階段をガツガツと上がる。
背や肩、後頭部を何度も打ち付けられ、通った跡には血の跡が滲む。
しかしそれを、周囲の男たちが笑いながら見物している。
さっさと連れて行こう。死ぬまで犯そう。そんな事を笑いながら言っている。しかし抵抗しようにも、もう指一本動かせない。
そんな彼女が連れてこられたのは、城壁内にある狼煙台の一つ。兵士たちの詰め所だった。
さほど広く無い部屋に、人数は8人。それに新たに入ってきた5人で計13人。
普段は狼煙台として使われる大煙突は、この寒さのせいか薪がくべられている。とはいえ、焚火程度の煙では狼煙としては機能しないし、そもそもこの霧では上げても意味がないだろう。
「ほお、女じゃねえか。運が良かったな」
ここの指揮官だろうか。粗末な革の
だがそれ以上に違和感がある。こちらに向けられた意識は感じるが、左右の目はそれぞれにきょろきょろと周りを見ているのだ。
よく見れば周りも変だ。自分の腕の肉を食っている男、手から20本以上も指が生えている男。そして自分が喉を掻き切った男。
どれも
シルベはこの町で、こういった人間を何人も確認していた。
「だが部外者を連れ込んだとなると、上がうるせえからな。さっさと殺して犯せ。いや、逆だったか? 犯して殺せ……まあいいわ」
あんな見た目になっても、まだ以前の規範で動くのか。
激痛の中で気を失う事も出来ず、シルベはそんな事を考えていた。
「ほら、とっとと脱がせよ! 楽しめねえだろうが!」
無理矢理
少し短く、左右が広がった箒の様な灰色の髪。大きな紺色の瞳。身長は150センチ程度。
もしその鋭い表情がなかったら、子供と見まごう外見だ。
下に着ていたのは女性用の革鎧。厚く頑丈で、乳のサイズは見た目からは分からない。
だが左足の膝が完全に潰れているのが分かる。まだ血管は繋がっているようだが、潰れた周辺は既に真っ黒だ。
「ほら、鎧もだ」
「あ、バカ野郎!」
一人の男が無理矢理シルベの革鎧を乱暴に引っ張る。
それと同時にビキビキと金属が裂ける音が微かに響く。
(……ザマアミロ)
激痛と朦朧とする意識の中で、シルベは悪態をついていた。
戦場で捕まった女性兵士の末路は悲惨なものだ。ましてや、一般レベルから見ればかなり美しいシルベなど、飢えた男からすれば上物すぎる獲物だ。多少の仲間が殺されようが捕えて慰み者にするだろう。
男はすぐ殺し、女は楽しんでから殺す。実際それは常識でもある。
それ故に、シルベの革鎧には細工がしてあった。無理矢理引っ張れば中の金具が千切れ絡まり、脱がせなくなる仕掛けだ。
対処する術は2つ。ゆっくりと慎重に、体を傷つけないように革鎧を切って剥がす。
もしくは諦めて殺すかだ。
当然、シルベは後者を予定していた。捕まって慰み者になるなど御免である。
もし口を使おうなどと考える馬鹿がいたら、最後の力を使って容赦なく食い千切ってやればいい。
だが現実は、シルベの予想を大きく裏切った。
突然に、無事だった右足腿に激痛が走る。ナイフが突き立てられたのだ。
動脈は器用に避けていたが、先端は骨に達して声にならない絶叫を上げる。
「ほら、”穴”は出来ただろ。さっさと済ませろ」
「こいつはいいや! 俺足に突っ込むのは初めてなんだ」
「もう片方も開けるか? 脇なんかも良いんじゃねえか? 心臓を突いたら、どんな声を上げるのかな」
「いきなり殺してどうすんだよ。死ぬまでは普通に楽しもうぜ」
「もうどこが普通だよ」
ゲラゲラとした笑い声が、石とレンガ造りの
こいつらは狂っている。だがもう指一本動かせない。
ズボンを下ろしながら迫ってくる男が見える。あれを腿の傷に挿れようと言うのだ。
幼い頃は、ごく普通の商人の家で生まれ育った女の子だった。小さく体も弱かったが、地位も無く、大した財産も無い彼女の味方は誰もいなかった。
だから誰かに守ってもらう事に憧れた。ピンチになる、颯爽と現れる騎士。
だが物心がついたころ、そんな人間はいない事を理解した。
自分の身は自分で守る。当初は独学で武芸を学んだが、それを使えると見た父親は彼女を国家の組織に売った。
そこは貴族の子女を護衛する
表向きはマーリア男爵夫人の侍女として、またアルフィナの侍女兼家庭教師、また監視として任務を全うした。
その人生の過程で、若い兵士からプロポーズされた事もある。
冴えない青年であったが、もしあの時受けていたらどうなっていただろう。
シルベがいた機関はガチガチの
もしそうしていたら? あるいは幸せになっていたのだろうか……?
シルベは、自分が見ている物が走馬灯である事を悟っていた。
抵抗も出来ずにいる彼女の右足を男が持ち上げる。
走る激痛。目に映るのは野卑た醜悪な顔。これが人生の終わり……くだらない。
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