動いていたシルベ達
テンタたちがアジオスに入るよりも前に、武装した一団が霧に紛れてアジオスの町に侵入していた。
コンブライン男爵家に仕える特殊部隊。要人警護、斥候、潜入、暗殺から町内清掃、祭りの仕切り、商人たちのトラブル解決……何でも行う万能部隊。
貴族のみならず、何処も似たような部隊を抱えている。
侵入した人数は12人。更に外には4人の味方を残してある。
数としては少ないが、戦争をしに来たわけではない。あくまでコンブライン男爵の身柄を確保する事が目的だ。
元々がそのつもりであったが、更に途中でミリーから深刻な情報がもたらされた。あまり猶予は残されていないだろう。
町の地図は侵入前に完璧に把握している。当然、男爵の居場所も想定済みだ。
そしてこの町は拠点としての価値は薄い。主要な防御地点は隣にある城塞の町ケイムラートであり、侯爵軍の主力も移動を確認している。
反対側へ抜けたクレミコの町は経済の中心であり、同時に侯爵領の心臓ともいえる町だ。当然そちらにも相当な兵を裂いているだろう。となればここは手薄に違いない。
なぜコンブライン男爵をここに捕らえてあるのか? という疑問は、実に単純な理由からだった。
センドルベント侯爵がここを会談の場所に選び、そのまま幽閉した。実に簡単な話である。
移動でもさせてくれれば話は早いと考えていたが、結局男爵を動かした形跡はない。
まあミリーの情報が確かなら、動かされた時に対処できなければ全てが終わってしまっていたわけだが……。
状況はすべて把握し、情報に不備も無い。後はスムーズに仕事を終えるだけ……ただそれだけのはずであった。
そう、この町が既に魔物の町になどなっていなければ。
シルベもまた、この作戦に参加していた。
濃紺のフード付き
仲間たちと共に男爵を探し、また可能な限りの情報を集める。
だが侵入と同時に
そして何人かの
〇 △ 〇
「予想外だったな……全部読まれていたってわけだ。他の連中は無事だろうか?」
「だといいけど。それより、貴方は大丈夫なの?」
シルベと共に侵入したメンバー3人の内、既に2人は侯爵軍との戦いで戦死していた。
もちろん、数で劣るシルベ達が正面切って戦いを挑んだわけではない。しかもこの霧だ。侵入も退去も容易だと思われた。
更に言えば、シルベたちはこの道のプロと言ってもいい。だがあくまで、普通の人間に過ぎないのだ。
「……すまん、無理だ」
そう言った男はシルベよりもはるかに大きい。180センチの身長に幅広の体格。兜の邪魔だからと髪は剃っていて、ついでに眉も落としていた。その為に見た目は少々凶悪だったが、丸く大きな瞳をした童顔は愛嬌に溢れていた。
しかし今は違う。右肩に刺さった短い矢。それはまるでヒルのようにうねりながら傷口に食らいついている。
シルベと同じような濃紺の
見た目より遥かに多くの部分が体内に侵入している証だ。
目は赤を通り越し真っ黒に充血し、何かが見えている様子はない。
だが痛みももう感じていないのだろう。にこりと微笑むと、行けと手だけで合図する。
近くで聞こえてくる鎧の音。大勢の足音。シルベには、他の選択肢は無かった。
何も言わずに、その場を後にした。名も知らぬ戦友の魂が、無事冥界へと辿り着けることを祈って。
■ ◇ ■
その後も霧の中を逃走したが、突然背中に衝撃を受けた。それが何であるのかは視界が悪く分からない。
だが立ち上がるよりも早く、人間の男たちが
「おっと、やっぱり女じゃねぇか。なんとなくそんな気がしてたんだよ」
(こいつ……霧の中で見えていたの!?)
「お頭の所へ連れて行こうぜ。よかったな、女で」
「違いねえ。男は殺せ、女は楽しんでから殺せってな。女は得だよな、少しだけ長生きできるんだからよ」
「へっへっへ」
霧の中に見えるシルエットは5人。
全てが人間だろうか?
いや、そもそもこの兵士達は何者なのだろうか?
お頭? 軍隊でそんな呼び方はしない。野盗ではないなら傭兵だろう。
「さて、抵抗するんじゃねえぞ」
身長は自分と同じ150程度だろうか。右腕を掴み、短剣を喉元に付きつける。捕えるつもりなのは明らかだ。
一方で、シルベには容赦も躊躇もない。たった今犯して殺す宣言をされたばかりだ。素直に従う理由は何処にもない。
左手で抜いた短剣で男の喉を斬り裂くと、霧の中へと走る。
味方は壊滅。当面の作戦は失敗だ。だが自分たちのチームが敗れたに過ぎない。他3チームは成功している可能性がある。
今の自分に出来る事は攪乱と敵の数を減らす事。多少心は痛むが、民家に火をつけるのも手かもしれない。
そんなシルベの肩に鋭い何かが突き刺さる。
(しまった……!?)
激痛で頭からうつぶせに倒れる。仲間の命を奪ったものと同じなら、これで一巻の終わりだ。
しかし幸いな事に、突き刺さったのは投げナイフだった。しかしそれを幸いと言って良いのだろうか。
状況を理解するよりも早く、2メートルを超す大男が足元に来て悠々とハンマーを構えている。
慌てて仰向けになって短剣を投げようとするが遅かった。
ハンマーはシルベの左膝に容赦なく振り下ろされ、膝皿骨とその周辺を粉々に砕いたのだった。
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