使徒とは 後編

 アルフィナ様も使徒と関係があるのだろうか?

 気にはなるけど、今は聞ける状態じゃないな。


 それともう一つ、同時に湧く疑問。メアーズ様はどうなんだろう?

 アステオの欠片が消えた時、メアーズ様のギフトが発現したという。

 それに門のかんぬきを破壊した時、「神学士なら分かるでしょう?」と言われた。

 あの時は意味がわからなかったけど、彼女は自分の力がアステオの欠片に関わっている事を知っていたに違いない。

 でもメアーズ様は使途を知らない……うーん。


「じゃあちょっと質問を変えるけど、何の為に存在するのかしら? 今までの話から考えると、神の再誕の為? ならさっきの大蜘蛛もそれを狙っていたのかしら?」


「いや、それはハッキリとは言えないね。でもいくつかは分かっているよ」


「例えば?」


「神は知りたいんだよ、この世界の事をね。だけど知性も精神性もまるで違う。あたしらが虫を理解できないようにね。そこで分身を放つのさ、周りを知るために。さっき、少し言葉をしゃべろうとしただろう? あれはあの使徒の知性と精神が、少しだけ人間というものを理解して近い存在に変化したんだよ」


「あの短期間にか?」

「つーか、ちっと気持ち悪いな」


 ベリルとラウスはちょっと納得できないって感じだったけど、僕はどことなく理解していた。

 あれは初めて見た時は異質だった。だけど確かに、ほんの少しの内に色々と変化をしていた。主に精神面で。

 あのまま放置していたらどうなっていたんだろう……。


「その程度は驚く事じゃないよ。あれで神の一部なんだからね。それで話の続きだけど、普通は神が撒くんだ。世界中にね。だけど今は違う。神の再誕は神にとっても大きな興味だろうさ。だから今こうして世界の境界が曖昧になっていると――」


「この霧の中に、相当数が湧いているって事ですわね。ちょっと参りますわ」


「取り敢えず見分ける方法ってのは無いのか? というかさ、ミリーさんだっけ? あんたはさっきなんで分かったんだ?」


「そこはそれ、こいつのおかげだよ」


 ミリーちゃんが指差したのは、自分の服に付いているボタンだった。

 金属だから高級なんだろうけど、これといって凄い装飾が付いている様子も貴金属や宝石が付いていたりもしない。


「うちの工房の件、メアーズ様は知っているでしょ?」


「ええ、それは確かに……」


 何かを察した感じだけど、同時に口ごもる。言うまでもなく、護衛の二人がいるからだろう。

 これはアルフィナ様の――サンライフォン男爵家の極秘事項に間違いない。あの厳重な砦は、間違いなくミリーちゃんの工房の為。

 アルフィナ様があそこに入ったのは、いわば想定外の事態だろう。彼女の為に用意されていた訳じゃない。


「まあ分かり易く言えば、あたしは使途を探知する道具を持っているって話だよ。でも逃げられるなら逃げた方が良かったんだろうけど、まさか倒すとはねぇ……」


「硬さは相当だったがね」

「まあ俺達は何もしてないからな。強さとかの話は全く見当もつかないよ」


「さっきも言ったように神の一部だよ。何て言えば良いのかな、強いとか弱いとか、そういった話じゃないんだ。ことわりからして違うんだよ。魔族は確かに強い。大きかったり、硬かったり、毒を持っていたり魔法を使ったりもする。でもそれはどれほど強くてもこの世界のルールにのっとっている。だから研究して、対策して、今やあたしたち人間は魔族だって倒せるようになった」


「使途は違うって言うのかい?」


「全く違うね。見た目からは何一つ想像もつかない。彼らのことわりに関しての知識が無いんだよ、あたしら人間にはね。そしてもし狙われたら、そうだねぇ……まあ何をしても無駄だね。みんな知っているでしょ? 神ってのはそんなものさ。そういった意味では、この霧は幸運とも言えたね」


「この霧がですの?」


「この霧自体は別の神がこの世に現れようとしている影響だよ。ルコンエイヴと名乗っていたけど、正体は不明ね。そしてさっきの使途は、その神とは別のものだった。だから本来の力を出せなかったと思われるって所かな。まあ、ただの憶測さ。それにかなり下級だったしね。もし逃げていたら、2人くらいは逃げ切れたんじゃないかな? 多分だけど」


「やっぱり俺には分からんな。魔族っつーか、魔獣や魔物も強いぜ。そりゃもう、俺達じゃ相手にならない奴なんて幾らでもいる。海から攻めて来た奴らの中には、それこそ千人居たって勝てそうもない奴だっていたぜ」


 ラウスは槍を両肩に担ぐと、霧に覆われた空を見上げて呟いた。


「そうねえ……」


 ミリーちゃんも同様に点を見上げながら話を続ける。霧の中、互いの姿は見えないはずなのに、同じ行動をするのは人の本能みたいなものだろうか。


「魔物の連中だって完全に神に無関係とは言い難いし、力も千差万別だからね。でもさっきも言ったように、根本的に違う。魔物はあたしたちと同じ理の中に生きているから、どんなに強くても知恵でどうにかなる相手なんだよ。その千人でも勝てない魔物だって、一万人なら勝てるかもしれない。でも使徒ってのは神の一部。到底、常識では測れない存在って事だよ」


 誰にもはっきりとした答えを示せないまま、トボトボと馬は進む。でもそんな中、


「まあいいわ、そろそろ昼食を済ませてしまいましょう」


 暗い雰囲気を、メアーズ様の声が立ち切った。これ以上不毛な会話をする事に、意味を見出さなかったんだろう。

 まだ子供なのに、こういう所は本当にさすがだなと思う。将来が楽しみだ。

 それに使途を判別する道具をミリーちゃんが持っているのは朗報だね。少なくともアルフィナ様とメアーズ様は使徒とは無縁。今はそれだけが判ればいいや。

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