使徒との戦い
「みんな逃げて! そいつは使徒よ!」
まだ薄い霧の中、ミリーちゃんの叫びが響く。
使徒? アルフィナ様と対峙しているっていうアレか?
いや違う。姿が違うし、こんな所にいる理由がない。
そもそも本当に、使徒って何?
でも先ずは、大慌てで逃げようとする馬をケティアルさんの繁殖触手で押さえておく。
この触手、未だによく判らないんだよねー。
拘束触手のような力は無いし、苦瓜のようなゴツゴツした見た目のわりに柔らかい。
柔軟性はあるけど巻きつくようなことは出来ず、ただ前後に延びたり縮んだりといった長さ調節は得意だ。
用途はきっとその名の通りなんだけど、触手の子供でも増やすのだろうか?
まあいつか雌の触手を見つけたら考えよう。そんなものがいればだけど。
でもそれよりも、今は目の前の使徒だ。
ミリーちゃんの雰囲気だと相当な強敵なのだろう。だけど、アルフィナ様の事を考えたらどうせその使徒って魔物とは戦うんだ。ただ何も考えずに逃げることは出来ない。
よく見ろ。調べろ。覚えろ。
何かないか? どこが強そうで――どこが弱そうなのか。
よく見れば、如何にもな箇所が一か所ある。何かを感じる。体の中……胸元の甲殻のすぐ下辺りだろうか。
――そこじゃよ。
誰かが、今僕に
――俺でも出来るぞ。変わるか?
それは、この世界がいつもと違うから。僅かに神の世界が混ざっているから感じたのだろう。僕の中にいる仲間の声を。
「でも――大丈夫」
ベリルはラウスの元へと向かっている。
メアーズ様は馬の方に行った。捕まえられたら繁殖触手から解放すればいいだろう。
ミリーちゃんから僕は、ちょうど大蜘蛛のせいで死角になっている。
機会は今だ!
怪我をしたラマッセから、エリクセンさんに変わる。
同時に拘束触手を伸ばし、落ちていたベリルの
相手もこちらに気が付いた。だけど遅い!
エリクセンさんの素早い飛び込み。そして
大蜘蛛も攻撃をしようとはした。だけどそれよりも早く、胸元にあった何かを貫いていた。
――かと思ったらダメでした。
カチンと当たったけれど、滑るように逸れて槍は体の中を突き進む。
――あれれ?
完全に突き刺し終えた時、僕は大蜘蛛の下敷きにされていた。
――え? ピンチ!?
エリクセンさんの――僕の顔面に大蜘蛛の牙が迫る。いや無理もうダメ。蜘蛛は重いし槍から手が離れない。
メアーズ様の叫びが聞こえた気がするけど、何を言ったのかは分からない。
だけど――そこから先は本能だったのか、頭の中で誰かの指示があったのか、僕は
そこは丁度、
何だろう?
――触れ!
――触るな!
二つの思考が頭を渦巻く。だけどまるで本能に引き寄せられるように、僕はそれに触れてしまった。
一切、何の音もしなかった。
いや、聞こえなかった――聞く余裕がなかっただけだ。
僕の体と奴の体。二つは引き寄せられるようにぶつかり、粉々になる。
何度も、何度も、何度も、それは一瞬だったのかもしれないけど、永劫に繰り返されたかのような地獄。
間違いなく現実ではない。だって死んでいないのだもの。これは僕の頭の中に沸いたイメージだ。だけどきつい。気が狂いそうだ。
何かが僕らを見ている。血を垂れ流す真っ赤な太陽。渦を巻く黒い羽毛。無数の木の葉がパッチワークされた山のような生き物。他にも沢山、何かが見ている気がする。
僕は叫んだかもしれない。だけど口は無い。でもきっと、あったら言葉にもならない声を叫び続けていただろう。
「こんのおー!」
メアーズ渾身の蹴りが、大蜘蛛の残骸を天へと飛ばす。
だけどそれは、もう既に死体になっていた。
「ラマッセ! 何処なの!?」
……メアーズ様の声が聞こえる
だけど体は動かない。あれはいったい何だったんだ?
木の葉のような、そして虫のような何かは、粉々に崩れながら蜘蛛の死体と共に空を飛び消えていった。
僕は確かに、それがボロボロと崩れ去っていくのを感じ取った。
「テンタが落ちています!」
僕の体はラウスに拾われた。うはー、男だ—と思ったけど、ラウスの鎧は傷つき、全身に打撲の跡が感じられる。
そういえば馬から放り出されたんだ。受け身は取っていたけど、それでも危険だったに違いない。
ちょっと文句を言える雰囲気では無いな……まあ、口なんてないけれど。
「ねえ、テンタ。ラマッセはどうしたの? 無事なの?」
メアーズ様は珍しく取り乱した感じだ。
僕が攻撃に行くとき、エリクセンさんになっていたのは見えなかったらしい。
まあ見られても困るけどね。その時は触手も見られていただろうし。
でも、今メアーズ様に応えることは出来ない。
改めて確認した僕の体は無事だったけど、全身がだるい。痛みは無いけど、本当にバラバラになってしまった気がする。
今は……少しだけでもいいから休みたい。
「詳しい事は分からないけど、テンタ絡みの人って神出鬼没なんでしょ? まあどんな魔術を使っているかは分からないけど、死体が無いなら多分無事だよ」
ミリーちゃんがなだめる声を遠くに聞きながら、僕の意識は次第に薄れていった。
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