錬金術師の袋
――翌日。
「さて、準備はよろしいかしら」
一部を金属で補強した革鎧を纏ったメアーズ様が号令する。鉄板入りの軍用ブーツは履いているが、腰はフレアの白いミニスカート。こんな時でもオシャレを忘れないのは、女の子の性だろうか? それとも彼女のポリシーか?
武器はベルトの左右に短めの剣。正直言って、彼女のパワーを生かせる武器とは思えない。
他にはナックルに金属板のついた皮手袋くらいだろうか。なんとなくこちらの方が武器になりそうだけど……まさかね。
朝食まではテンタの姿でいたけど、隙を見て外でラマッセになった。
衣装は肩からかけた布の他に、今回は腰にも布を巻いた。これで露出はだいぶ減ったね。
この姿になったのは、これから先の為だよ。
今ここは夏の気候。森から涼しい風は吹いているけど、暑い日差しが肌を焼く。
だけど山を下りればまた霧の中だ。その時になってから色々用意するわけにもいかないからね。
そんな訳で、メアーズ様は今回も僕の後ろだ。背中からお腹に手を回して、しっかりとしがみ付いている。
一番の問題はテンタだ。今は布の隙間から顔を出して存在をアピールしているけど、貸してと言われても渡すわけにはいかない。
もうちょっとこう、接合部分を細い糸のように出来ればとも思うけど、何かの拍子に切れたら大惨事だよ。
でも幸い、それは要求されなかった。霧の中を進むのに必要だと言ってあったからね。
「こちらの準備はいつでも出来ております」
「護衛はお任せください」
そういった二人の男性は、茶色いショートカットのラウスと、少し大人びた感じの長い焦げ茶の髪をしたベリル。二人ともメアーズ様の配下だね。
二人とも肌は浅黒い。今なら納得できるけど、港の兵士だったんだね。
ベリルは負傷しているけど、それを感じさせない力強さを感じる。だけど完治したわけがない。慎重に行動して欲しい所だ。
二人とも、武器は
鎧はいつもの革鎧。下は普通のズボン。
まあ、これから馬での長距離移動だしね。そもそもこんな所で金属鎧なんて手に入るわけも無いか。
「さあてと、こっちの支度も出来ているよ」
そう言ったのはミリーちゃん。
昨日は二人がかりでゴシゴシと洗われ、夜も一緒に寝た。
おかげで僕は元気いっぱいだ。
彼女も、町長から馬を借りて付いてくることになった。
まあそうなるとは思っていたけど。
体の傷は癒えてはいない。こればっかりは、何かが取り付いているわけじゃないから僕にはどうにもならない。
だけど彼女は行く。僕に出来る事は、そんなあの子を守るくらいだ。
出来得ることなら、全部終わった時、また三人で笑っていて欲しい……心の底からそう思う。
あ、護衛の人たちを入れると五人だね。まあこれはいいや。
余談だけど、彼女がここまで乗ってきた馬っぽい何かって言うのは、近くの道端で泥の様に腐って崩れ落ちたそうだ。
僕らがこれから行くところを考えると気が重くなるね。
それでも僕らは出立する。アルフィナ様を……同時に世界を救うために。
あ、でもその前に……僕は少し気いなっていることをミリーちゃんに尋ねることにした。
もちろんアレの事だよ。
「おはようございます、ミリーさん。昨日はさほど挨拶も出来ず申し訳ありません」
「いやいや、気にしないでいいよ。何でも忙しい身なんでしょ? 構やしないって。それで何?」
相変わらず話のテンポが速くて助かる。
「実は錬金術師が使用する……袋の事です」
くっそー、正式名を知らないから変な感じになってしまったぞ。
でもやり直しが出来るわけじゃあないし、このままやるしかない。
「もし予備があれば、お貸し願いたいのですが……」
ミリーちゃんは少し怪訝そうな顔をする。僕では使えないという意味か? 手放す事が出来ないって意味か? それとも単純に費用の問題か?
あらかじめ、メアーズ様にでも聞いて予習しておけばよかった! 無知はそのまま舐められる原因だよ。馬鹿な言動を繰り返せば、肝心な時に話を真剣に聞いて貰えなくなっちゃうよ。
「この袋はダメよ。うん、だめ」
そう言って、首から下げた袋の紐をキュッと引く。
普段はシャツの下に仕舞っているんだ。やっぱり大切なんだろうな。
「神学士とはまあ系統が違うからね。でも普通は知っていると思ったよ」
「お恥ずかしながら、これでも世間知らずなもので」
これは多分嘘じゃない。ラマッセには、本当に人と触れあっている様な記憶が無かった。孤立していた訳じゃない。ただ周りも同じような神学者で、そして余計な世間話をしていた記憶が無かったんだ。
「錬金術師が自分の工房と窯を持っているのは知っているかい?」
「まあその程度であれば」
「それらと魔術契約する事で、錬金術師となる。それまではどんなに知識があっても、見習いですらないんだよ。まあ、この袋もその契約の一環でね。全部あたし用って訳」
「なるほど、理解しました」
用は、彼女の工房にある道具は彼女しか使えない。錬金窯など、僕にとっては大きな鍋と変わらない。袋もまた同様なわけだ。
これはさすがにがっかりだ。せめて学んでどうにかなるものかと思いたかったけど、これで完全に断たれてしまった。
錬金術師の工房なんてそうそう譲られるものじゃないし、ましてや自力で作るなんて夢物語だ。
装備に関しては、別の手段を講じるしかないな。
「もうお二人のお話は終わりかしら? それでは出発いたしましょう」
「そうですね。それでは皆さん、行きましょう」
そう言って、僕は先頭を走りだした。
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