一日の休息
異変を察知したのか、教会の屋根に止まっていたカラスの群れが飛翔する。
だが動きがおかしい。まるで停止しているかのよう。
しかし扉を出てすぐには、確かに動いている姿を見た。
あそこは歪んでいる。世界だけでなく、時間すらも。
離れれば離れるほど普通の時間になる。だがあの教会の時間の流れは遥かに遅い。
アルフィナが意識した行為なのか、それともただの偶然か。だけどこれは
だけど時間は止まっているわけじゃない。余りのんびりは出来ないだろう。
「まあそれで逃げたはいいけど、町の中は化け物でいっぱいでね。もう護衛だとか住人だとかお構いなしだったよ。それで襲われて、馬っぽいのを拾って逃げるもコイツがまた曲者でね」
「それでアジオスの町ではなくこちらへ?」
「いやー、一応は頑張ったんだよ。というか、私一人じゃどうにもならなかったよ。持つべきものは仲間だねぇ、うん」
「ん? 今の話に誰か出て来ましたっけ?」
メアーズ様は頭に『?』マークを浮かべる様に、間の抜けた声で質問する。
まあ僕も多分、同じような顔をしていたと思うけどね。
「いやあ、道中も追いかけ回されて襲われまくり。もう無理だーってところでシルベさん一行に救われたって訳さ」
シルベさん!?
見ないと思っていたけどそんな所にいたんだ。
それでミリーちゃんを救って……味方で良いのだろうか?
「あの人も分からないけど、先ずは腹ごしらえと休息かしらね。明日まで休むと致しましょう。何よその顔は」
よほど僕が焦った顔をしていたのだろう。メアーズ様がじろりと睨む。
「ここから先は、もういつ休めるかも分かりませんの。貴方が予想以上に元気なのは凄いと思いますし感心も致しますわ。でもあの霧の中を走ってきた二人の負担は相当ですの。わたくしもこれから不眠不休でアジオスの町まで行って、何処にいるかも分からないコンブライン男爵を探すなんて不可能ですわ」
言われてみれば当然だった。
アレクトロスから脱出したはいいけど、霧の中で満足な休息も取れたわけじゃない。
そしてここまでも大半が霧の中だった。体の冷えもそうだけど、精神的な負担も凄い。
微かに見える明かりだけを頼りに山道を疾走……世界への危機感、いつ襲われるかも分からない身近な恐怖。もう既に、仲間の一人が殺されている。
光を当てにして走っていても、実際には崖から足を滑らせるかもしれない。
彼らにしてみれば、付いて来るだけでも相当な恐怖だったはずだ。
僕も疲れている感じは無いが、突然眠ってしまう事は今までも経験済みだ。
今そうならないとは限らないけど、この体はいつまで維持できる?
急がなきゃいけない。だけど――、
「焦りは禁物ですわ。なにも2日も3日も滞在するとは言いません。明日の朝、出発いたしましょう」
「分かりました……そうしましょう。テンタの様子を見てきます」
実際にはかなり疲れていたのか、どっかり腰を落としたメアーズ様を置いて、僕は町長宅の外に出た。
兵士二人は1階で町長に粒金を渡し、色々と指示していた。おそらく食事と休憩に関してだろう。
この街にも宿はあるだろうけど、メアーズ様は男爵令嬢様だからね。わざわざ怪我人を連れて安宿に移動する理由はないか。
乗ってきた馬は町長宅の厩舎に移動してあった。兵士達がやったのだろう。さすがに仕事が早い。
さて、そろそろ頃合いだ。僕は周りに誰もいない事を確認すると、テンタの姿に戻る。
ぽてっと石の上に落ちたのは痛かったけど、これは今度から注意しよう。
それよりも……ありがとうラマッセ。君の体がなかったら、僕は絶対にここまで来ることは出来なかったよ。
神学士のラマッセ。男の子の様な、それでいて女の子の様な、不思議な少年だった。
どうして神学士なんて苦難の道を選んだのか。そしてどうして死んでしまったのか。
同化している時ははっきりしている記憶も、今こうしているともうほとんど残っていない。
夢の詳細を記憶できないように、微かな断片だけが残るだけだ。
もっと時間があればとも思うけど、無いものをねだっても仕方ないよね。それよりも……。
僕は町に向かってもそもそと這い出した。
今更かもしれないけど、見て回りたかったんだ。
実際に僕が町にいた期間は短い。どこも、単に通り過ぎただけだからね。
もっと世の中を知らなきゃだよ!
ラマッセの姿なら簡単だろうけど、あの姿は目立ちすぎる。それに意識していないだけで、体への負担も未知数だ。いきなり体力がぷっつりと切れては困る。
そんな訳でいつもの姿。よく判らないけど、きっとこっちの方が燃費は良いはずだよ。
早速出発だ!
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