破滅する世界

「そうね。先ずはこちらの状況を説明しておいた方が良さそうか。OK、説明するよ。どうしてあたしがアジオスから来たのかもね」


 そういって、ミリーちゃんはこれまでの説明をしてくれた。


「あたしたちが城塞の町ケイムラートに入ったのは8月17日だったと思うよ」


「やっぱり随分早かったですのね」


「それでも粘ったんだけどね。まあアレクトロスに入った途端にパケソ、マユオ、そんでケイムラートと一直線だよ。馬鹿みたいに熱い馬車の中でね。本当に参った」


 さすがに結構な距離がある。早馬ならともかく、貴族様の馬車での強行する日程じゃない。

 食事なんかはどうしていたんだろう? まさかメアーズ様のように馬車の中で生肉もぐもぐとはいかないだろうに。


「それでまあ城塞の町ケイムラートに到着に到着はしたんだけど、もう色々と手遅れでさ」


 頭の後ろに手を当て、ちょっとはにかむように笑う。

 いやいや、手遅れって何さ。


「メアーズ様は知っているでしょ? それにそっちの神学者も。いやー、どっからか色々と湧いて来てね。あれは人間かなーって思えるものもいたけど、多くはもう化け物だったよ。何人かは確か途中まで護衛だった気もするけどね……まあともかく夕方にはケイムラートの城門を潜ったわけさね」


 移動するだけでそんな状態になるのか。

 僕は正直言って、アルフィナ様を――というよりその右目に巣食うものを甘く見ていたのかもしれない。

 確かにアレのせいでアルフィナ様の近くは歪んでいた。だけどそれだけだったじゃないか。

 あの夜の襲撃まで、本当に穏やかな生活が続いていたんだ。

 それがどうして、ここまで酷い状況になったんだ?


「それでなんとか町に逃げ込んだあと、教会に移動したのよ。護衛は隊長だった人と、あとは3-4人かな」


「中央庁舎ではなく教会に? まあ気持ちは分からないでもないけど……馬鹿ですの?」


「実情を知っている人間なんて、実際にはそう多くはないよ。というかね、最初から決まっていた感じだったよ。かくして我等が神、『絡まる螺旋と太陽の神アステオ』様の教会に、『歪む英知と虚空の神ヴァッサノ』の一部を運び込んだわけさ」


 やっぱり、ミリーちゃんも事情を知っている。だけど同時に、その本当の危険を知る人間は多くは無い。

 少なくとも、アルフィナ様を護送するって大事な立場の人間でも知らないレベルの機密事項だったんだな。


「それですぐさま?」


「んにゃ、そう単純な話でもなかったよ。まあ教会は酷かったけどね。何て言うんだろう……あれは。こことは違う、そんな世界を見たよ」


 そう言うと、ミリーちゃんは当時の状況を細かく話してくれた。





 8月17日。夏の焼けるような日照りの中、2人を乗せた馬車は教会へと到着した。

 降りてすぐに、アルフィナとミリーは顔を見合わせた。いくら何でもこれは無いだろうと。

 何と言ってもそこはアステオの教会。神殿ではないにしろ、ヴァッサノの欠片がどんな過剰反応をするか分からない。


 外見だけ見れば、ある意味見慣れた形の教会だ。自分達の国の主神なのだから。

 しかし屋根や屋根飾りには髭の生えたカラスが無数に並び、教会の周辺には骨と肉が半々くらいになった人間の死体が不気味な芸術品のように並べられていた。





「一度逃げてしまえばよかったのではなくて? もう護衛も化け物になっていたのでしょう? 姿をくらまして行方不明になったとしても、たぶん誰も探せませんわよ」


「それはアルフィナ様が承諾しないだろうねー。ああ見えて意地っ張りだし。まあ覚悟は決めて来たんだからね、そこは素直に入ったわけよ」





 教会は神や神の破片を治める神殿ではなく、あくまでその神を崇めるために作られた建物に過ぎない。

 ここ『絡まる螺旋と太陽の神アステオ』の教会は漆黒の壁に覆われ、そこには同じく漆黒の螺旋状の金属フェンスが張り付けられている。

 一見すると3階はありそうだが、天井が高いだけの1階建て。一番奥の壁裏にはオルガンが備え付けてあり、壁一枚挟んだこちら側に祭壇。そして左右には長椅子が幾重にも並ぶ。形自体はごく普通の教会だ。


 例え教会とはいえ、神その物の姿を模したものを置くような馬鹿な真似はしない。アステオの教会にある聖印ホーリーシンボルは、ただの絡まる三本螺旋のポールだ。

 それは一番奥の祭壇の上に設置され、ほぼ天井まで延びていた。


 入り口側に近い長椅子には武装した一団が座り、中央から祭壇近くには高級そうな身なりの男女が座っていた。おそらく、侯爵の身内や町の有力者――商人や将軍、魔術師とかだろう。

 そして一番奥の祭壇には、まるで亜人を思わせるような男が立っていた。


「ようこそアルフィナ・コンブライン男爵令嬢殿。いえ、アルフィナ・エルモント・デル・レキーノス王女殿下」


 2メートルを超える体躯。野獣のような黒と銀の混ざった剛毛。顔の中央には巨大な丸い口があるだけで、言葉を発するたびに奥底にある無数の歯と青い単眼の瞳が見える。

 身に纏うのは赤茶色をした鋼の全身鎧フルプレート。中央に施された“8本首のヒドラの様な木と、同じく8本の蛇に見える根の紋章”は間違いなくセンドルベント侯爵家の物だ。


 一目見ただけで分かる異形の怪物。しかし観客は誰一人狼狽える様子が無い。





「あたしは一目見ただけで、もうここいら全部がおかしいって分かったね」


「いいから話を続けなさい」


 メアーズ様にたしなめられ、ミリーちゃんが話を続けた。

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