予想外の再会
小さな町だけど、露天通りには幾つかの店がある。その中に
花肉って言うのは肉厚の花で、切ると真っ赤な汁が出る。味は
西の国では“人の血肉で育つ悪魔の花”と言われているけど、実際に栽培していた僕らはそんなものを使った覚えが無い。
迷信なんて、所詮はそんなもんだよねー。
「ほらほら奥様~。今日もいかがです。お安いですよー」
そこで威勢よく花肉を売っていたのは、村にいた成人女性の中では最も若かったベベットさんだ。
当時は20を超えていたから、今は30歳を超えているのか……。
正直言って、老けたなーと思う。町とは言っても山間の小さなところだ。基本は森に囲まれ、数少ない畑であれを作っているんだろう。
半農半商なんだろうな。肌は真っ赤に日焼けし、深い皴のせいで40歳過ぎと言っても過言じゃない。爪も割れ、手も長い畑仕事で土色に染まっている。
今の僕から見れば、ここはレーヴォ村の延長でしかない。だけどもしあの時にこの町を訪れていたら、きっと有頂天になっていたよ。
昔を思い出して、少し微笑んでしまう。
「ここは知っている町ですの?」
そんな僕を見てメアーズ様が声をかけるが、
「いえ、初めて来た町です。だけど……そうですね、いつか来てみたいって、そう思っていた頃があったのです」
そう言いながら、店で働くベベットさんの元へ行く。聞きたい事があったんだ。
「こんにちは」
「ああ、いらっしゃ……」
顔を上げ、僕の姿を見て絶句する。夏の太陽の日差しの中とはいえ、布を一枚巻いただけのほぼ全裸。
更にはステンドグラスのような入れ墨だ。まあ、驚くよね。でもこの際それは置いておこう。
「レーヴォ村をご存知ですが? ここから北西の方……山の中にあった小さな村と聞いていますが」
「ああ……ああそうだねぇ、懐かしいねぇ。在ったよあった、小さな村がね。だけどもうないよ。10年以上前に大量の魔物に襲われてね」
「そんな事があったのですか……」
「魔物が近くの教会に住み着いたってんで兵隊さんが退治に向かったんだけど、誰も帰っちゃ来なかった。そのすぐ後だよ、襲われたのは。何人かは生き残ったのかねぇ……。あたしは行商で此処に来ていてね。きっと運命がこの人の所に導いてくれたんだよ」
そういって奥の方で花肉を洗っている長いひげのおじさんの方を見る。頭髪は無いが見事な三角髭だ。似たような歳なのかな? 多分旦那さんだと思う。
そうか――そうだよね。やっぱり滅んでいたんだ。教会に誰も来なかったのも、もうあの周辺が廃墟になっていたからなんだろう。
色々あったんだと思う。でも、幸せになっている人が一人でもいた事が、僕の心を少し暖かくしてくれた。
「アンタらはパケソから来たのかい?」
その髭の旦那さんが僕に興味を持ったらしい。というより社会情勢にかな。
「そうですわ。これから北の街道を通ってアジオスの町に行きますのよ」
いつの間にか花肉を大量に買い入れたメアーズ様が後ろに立っていた。
いやまて、他にも保存食あったでしょ? ここで全部食べるつもりか? まあ食べそうだけど。
それよりも、南方の異変の事は何も言わなかった。まあ言ったところで不安にさせるだけだし、あの霧を抜ける事も出来ないだろうしね。
それに目的地も、城塞の町ケイムラートではなく隣のアジオスと言った。
万が一の警戒を考えたからだろうけど、危なかった。僕が聞かれたら、迷わずケイムラートに行くって言っちゃったよね。
「あー、アジオスが。アッチは今どうかな。なんだか不穏な状況だって聞いたぞ」
そんな考えだったのに、いきなり暗礁に乗り上げた。
アジオスが不穏? それはいったい――、
「何かありましたの?」
「ああ、数日前にな、魔術師の鑑札をつけた……あー、そっちのお嬢さんくらいの歳の子が怪我をして辿り着いてな。たしかアジオスから来たって言っていたよ。なんでも、魔族――じゃねえな、亜人の襲来があったらしい」
状況は、刻一刻と変わっていく。それもどんどん悪い方へ。
でも同時に、まだ希望があるのかもしれない。
「その子は何処にいるんです?」
「その子は今、何処にいるんですの?」
僕とメアーズ様の声がハモる。
その剣幕にちょっと押されながらも、
「町長宅にいるよ。この辺りで治療できる清潔な場所なんてそこくらいだしな」
その町長がお人好しなのか、それとも見習いとはいえオルトミオンの名前に気を使ったのかは知らないけれど、今はどうでも良い事だ。
魔術師の鑑札をつけた、メアーズ様と同じくらいの歳の子。しかも南から来たとなれば、もうそれが誰かの予想は付く。
違ったらそれはそれでびっくりだけどね。
「行きましょう」
僕らは場所を確認すると、急いで町長宅へと移動した。
これで少しでも状況が判れば……そして最悪の状況にだけはなっていないで下さいと祈りながら……。
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