コップランドの町へ

 山を登る街道を疾走する3騎。

 山道とはいえ、ここは交易の町パケソから続くしっかりとした街道だ。きちんと整備されているし、物凄い急勾配という訳でもない。

 でもそれでも、馬車でのんびり登っていられるような余裕があるわけでもないわけで……。

 僕らは馬車を捨て、それぞれ騎乗しての移動となった。


 先頭は僕だ。馬車だけでなく、馬だってちゃんと扱えるよ。

 まあ僕は貧乏だったから馬なんて飼えなかったけど、農耕用に時々村長から借りていたからね。

 そしてその後ろには、しっかりとしがみつくメアーズ様。

 柔らかいぬくもりを背中に感じて幸せな気持ちに包まれるけど、そのメアーズ様は大量の食糧に水、酒まで背負っているから馬は大変だ。かくいう僕も、減速の度にむぎゅっとした重量を感じてきつい。


 そのメアーズ様の背後には光るタイプの魔晶が取り付けられており、霧の中ぼんやりと丸く光っている。

 それを追ってくる二人の兵士。短い茶髪で少し童顔のラウスと、こげ茶の髪のベリル。

 ベリルは肩から胸元に掛けて負傷していたけど、今は応急処置も済んでいる。

 でも本当に応急処置だけだ。まだあれから1日だよ? 治るわけがない。


 当然のように遅れている事はわかるけど、出発時に確かめ合ったんだ。たとえ遅れたとしても戻らない。はぐれたとしても探さない。確実に目的を果たすと。

 それしかなかったとはいえ、出発の時に軽々と約束してしまった事が罪悪感としてのしかかる。

 そのせいだろうか、どうしても速度を出し切れない。


 そういえば、あの時メアーズ様はどうして了承してくれたのだろう。

 アルフィナ様が何のためにセンドルベント侯爵の元へ行ったのかを考えれば……そして彼女の家がその公爵家の世話になっている事を考えれば、これは間違いなく裏切りだ。

 まさか本当にテンタをポイと渡して終わりだなんて思ってはいなかっただろう。


 どうもサンライフォン男爵家の再興と領土の奪回がかかっているらしいけど、僕自身はそんな約束をした覚えは無いよ?

 でもここで「それ、勘違いですよ?」と言えるだろうか? 絶対に無理だ。

 全てはアルフィナ様を救い出してから……そうだね、それから考えよう。


 どっちにしろ、結果的にはこれで良かったと思う。

 そもそも、センドルベント侯爵は状況を理解しているのだろうか?

 今頃は大泣きしながらアルフィナ様に帰ってくださいと懇願しているかもしれない。

 でも多分、それは無い。遥か彼方、東に広がる闇の中。そこに確かに、強大な意志の力を感じた。人など及びもしない、強大な力。それは間違いなく、今の状況を歓迎していたんだ。





 ▽     ▲     ▽





 ゆるい傾斜を登っていくと、次第に周囲は平地から森林へと様子を変える。

 この辺りはひたすら森と丘、そして谷だ。

 道は曲がりくねり、移動の難易度はどんどん高くなる。だけど実際には、行程自体はどんどん楽になっていった。

 なぜなら、次第に霧が晴れてきたからだ。


 大体予想は付いていた。あの街道を離れれば、影響は少なくなるんだって。

 薄まった霧の中を普通の鳥が飛んでいる。あの透明な不気味な生き物達もほとんど見られない。

 たまにいたとしても、蜘蛛の巣や小枝に触れただけで消滅してしまう。

 こちらの世界の存在の方が、圧倒的に強いんだ。


 霧が消えるとともに、気温もまた戻って来る。

 湿っていた服から立ち上る蒸気でムシムシする。

 だけど速度は落とせない。まだ油断できる状況じゃないんだ。





 ▲     ▽     ▲





 夕方よりも少し早い時間に、僕らはコップランドの町に到着した。

 2メートルほどの柵で覆われたのどかな田舎町。

 外側の柵は畑の外周、その内側に町の外周と二重の柵に覆われている。

 この町からは何本もの細い道が蟻の巣のように伸びていて、そのうち一本が僕の住んでいたレーヴォ村に繋がっている。

 山間部にある小さな集落の集合地点のような町なんだよ。


 いかにもな田舎の風景。外の林ではギョワギョワと夏の虫がやかましく泣いている。

 畑の向こうに見える建物の幾つかはレンガ製だけど、ほとんどが木製だ。高さも殆どが1階建て。

 確か人口は2700人ほどだったと思う。僕の住んでいた村は180人程度だったから相当な都会に感じたけど、こうして見るとまさにド田舎の町だ。

 ここに憧れて、ここで暮らそうとか考えて……そして諦めていた。なんとも自分が情けない。

 世の中は、思っていたよりも遥かに広かった。


 だけど今は、その広さと言うか、予想外の事態でてんてこ舞いだ。何もない田舎で家畜のような平穏な暮らしも悪くはなかったかもしれない。

 だけど、今の僕はもう知ってしまった。外の世界も、そしてアルフィナ様の存在も。

 もう戻る選択肢なんてない。ここから進むんだ。





 こんな町でも一応衛兵はいる。2人組で、片方寝ていたけど。


「ご苦労様。サンライフォン男爵家の者よ。故あってここで休憩をしたいのですけれども」



 そう言って腰に下げていた鑑札を取り出す。

 当然ながら男爵家は味方だ。まだ裏切ってなんかいない。衛兵はちらりと鑑札を見ただけで、「どうぞ」言って門を開けて僕らを通した。

 負傷した兵士には何も言わないのかな? と思ったけど、気にする素振りは無い。


 アレクトロスやパケソの事は知っているんだろうか?

 あの霧が出た日――店主が化け物に代わってしまった日。あの時までは、おかしいながらもまだこの世界の日常の方が強かった。そう思っていた。

 だけどそうじゃなかった。いや、あの時に変わったのかもしれない。その原因は――というか、影響を及ぼした直接の原因は霧なのかな?

 だとしたら、まだこの町は平和だと考えても良いんじゃないだろうか。


 そういえば、故郷のレーヴォ村はどうなったんだろう?

 影響を考えれば多分関係ないと思うけど、そもそも村自体が残っているのだろうか?

 そんな事を考えていると、町の露店に見知った顔を見つけることが出来た。あれは確か……。

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