今更な確認

 予定通り霧の街道をひた走る。

 馬に関して相談したかったけど、メアーズ様も後ろの二人も寝てしまっているから仕方がない。

 いっその事、2人には騎乗してもらうという手もあるけど、片方は怪我人だ。無理はさせられないだろうな。


 というより、無理といえば今の僕の状況だ。

 ラマッセに変身してからもう大分経つ。だけど変身が解ける様子は無い。特に問題が無ければ、このままずっと変身したままでいられるのだろうか?

 でも実感できるだけの疲労もある。触手の時はあんまりない感覚だ。たまには元の姿に戻らないといけないような気はするね。


 ただ気は早いけど、触手の切れ端ではなく人間を主体にして生きていく可能性……そんなのもあるんじゃないかなと思い始めていた。


 ん、そういえば――ふと気になる事が頭を過る。だけどそれを整理するよりも早く、丁度よさげな場所を見つける事が出来た。

 周辺の草が刈ってあり、大きな座り心地の良さそうな丸い石が置かれている。

 木も良い塩梅で立っており、細かく手が入っている事が分かる。


 出発地点のアレクトロスと目的地のパケソとの距離は20キロ程。途中に町はおろか村という様な集落も無い。

 街道から外れた所には農奴なんかが生活する小屋があるけど、こちらも確認できるほど近くには無い。

 そんな訳で、街道の途中にはこういった休憩所がいくつかあるんだ。

 主要街道である事を考えれば茶店なんかがあってもおかしくはないけれど、ここまでの道程では見つからなかったのだから仕方がない。


 それより問題なのはこの霧だ。どこから発生しているのだろう? いつまで残るんだろう?

 それにこの寒さだ。とても夏とは思えない。

 農作物は大丈夫だろうか? 大規模な飢饉になったりはしないだろうか?

 元村人としては、ついついそんな事を考えてしまうね。


 今まで羽織っていた布をメアーズ様に掛け、馬車から降りる。

 これでまた全裸マンに逆戻りだけど、この霧なのだから問題は無いだろう。寒さも感じるけど、”ああ、今は寒いんだ”程度でしかない。人の姿をしていても、人であった頃とはやっぱり感覚が違っている事を実感する。でも今は、この鈍さに感謝だね。


 先ずは疲れ切っている馬を外し、ロープで木に括る。普段だと”なぜまだ走ろうとするの!?”って位に大変な作業だけど、時間と霧のせいで大人しいものだ。


 車輪と車軸、馬車の上下に変なものが張り付いていないかも確認。

 町を出た時に確認はしているけど、この状況だと本当に何があるのか分かったものじゃない。

 アルフィナ様たちがこの先へと進んでおよそ1か月。何となく、ここから先はもっと酷い事になっているような、そんな予感がする。


 まあそれはさておき、試したい事を今のうちに済ませてしまおう。

 ケティアルさんの事だ。

 メアーズ様の蹴りによって股間を潰され昇天した。文字通り、天に召された感じだった。

 だけど、あの時は突然意識が切り離された感じで、怪我の実感は無かったんだ。


 そしてその直後に、僕は思い切ってもう一度あの姿になった。ちょっと怖かったけど、この賭けは成功だった。ケティアルさんの体は無傷だったんだ。

 だけどそのあと、再びくらったメアーズ様の蹴り。まるで槍のようだった。肩が外れただけで済んだのは幸いだけど、その後に炎症の痛みもあった。

 それは他人事ではない、確かな実感。だけどそこから先を確認していない。


 肉体の所有権が僕に移ってからの怪我……あの後どうなったのか、調べないとだよね。

 もし治って無かったら? お手上げだ。誰かに変身した後、絶対に怪我は出来なくなっちゃう。もし重傷を負ったら? その体は二度と使えないって事だろう。


 だけどもしすぐに作り直すような感じで、一瞬で再生するのなら――なんて甘い期待はあったけどね。さすがにそれは甘すぎた。

 変身したケティアルさんの左肩がじくじく痛む。外れてはいないし痛みもあの時ほどじゃあない。少しは治ったと考えて良いのかな?

 もう少し様子を見ないと何とも言えないけど、ほんの僅かだけど希望は見えた。

 まあ、確認は終わったからラマッセに戻っておこう。


 そんな事をしながら薪になるものを探すけど……無いな、当たり前か。

 ボランティアの仕事だろうか、小枝の束なんかが幾つか置かれている。だけどどれも湿気ていてだめだ。

 この霧だから仕方が無いけど……この水分、どっから来ているんだろう。

 最初はあの町かなとかも思ったけど、こうして進んでも霧が晴れる気配はない。

 この先も? 原因を考えて寒気がする。


 結局今日は仕方なしに、馬車に積んであった空の箱なんかを割って焚火にした。

 この気温だと、火が無いとちょっと辛いからね。主にメアーズ様が。

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