ようやくの脱出

 アルフィナたちから遅れる事28日。

 霧の中を、テンタが操る四頭立ての馬車が走る。正確に言えば、今は神学士であるラマッセの姿だ。

 隣に座るのは男爵令嬢であるメアーズ・サンライフォン。

 後ろには薄茶の髪に少し童顔の兵士のラウス。それに同じ兵士ではあるが、今は負傷しているベリルが乗る。


「方角はあっていますの?」


「おそらくはなんとか……」


 霧のせいで視界はゼロだけど、反響定位エコーロケーションで周りの地形は把握できる。

 さっき通過した門は、入った時の西門じゃない事は確認済み。じゃあ東門かと言えばそうでもない。街道の質が全然違うからだ。


 主要な門以外にも、当然ながら沢山の出入り口が存在する。人間が生活するのだから当然だ。

 農作業に出るのに、わざわざ正門で通行許可証なんて確認していたら仕事にならない。

 ただ普通の町や交易を主体とした街と違って、境の町は防御の拠点も兼ねているから門の造りもちょっと複雑だ。


「今は壁沿いに東を目指しています。そこから街道に入れれば何とかなるかと」


「この霧の中でよく走れるものだ」


 後ろで治療中のラウスだが、時折背後から外の様子を確認している。

 しかし真っ暗な中で視界の無い霧という状態は、中も外も変わらない。

 普通だったら馬も怯えてまともに走れたとは思えない。だけど今、見えないように足から延ばした拘束と繁殖、2本の触手でお尻をぺちぺちと触っている。

 別に叩いているわけではないよ。だけどその不気味さから逃れようと、馬は一生懸命だ。後でしっかりと労ってあげよう。


 今壁沿いに向かっている方向は東。それは間違いない。

 視界は無いに等しいし、反響定位エコーロケーション他の感覚器官を使っても方角は分からない。

 だけど門を出てすぐに、僕は馬車を右へと走らせた。そちらが東で間違いないからだ。


 門の付近の地面に残るわだちは深く、相当重いものを恒常的に運んでいた様子が分かった。

 ここから北へ行けば山脈地帯。多分、この街の壁を作った時の石切り場があるはずだ。

 そしてそれは、今も使われていると思われる。立派な街だったしね。

 その一方で、南は湿地帯で、その先が海と聞いている。


 深いわだちの跡は、重い荷物――多分石を運んだ形跡で間違いは無い。だから僕達が出たのは北門だ。

 うん、ちゃんと考えて動けている。それで良いんだよね、エリクセンさん、バステル。

 間違えていたらどうしようとは思うけど、今は悩んでいる余裕は無い。その時はすごすごと引き返そう。



 幸い、さほど時もかからず南の街道へと入ることが出来た。

 ここから先は次のパケソまでノンストップの道だ。やっと少しだけ一息つける。

 急ぎたいのはやまやまだけど、馬の疲労も考えて速度を落とす事にした。


「どこかで少し休憩に入りましょう」


「そうね。そちらはどう?」


 メアーズ様が心配そうに後ろを確認する。

 今まではそれどころではなかったけど、やっぱり気になっていたのだろう。


「見た目ほど深くはないので大丈夫です」

「……ご心配をおかけ……して……」


「気にしなくていいのよ。見張りはこちらでするから、貴方がたはひとまず休みなさい」


「しかし――」


「しかしも何も無いですわ。先はまだ長いのだから、焦っても仕方ありませんわ」


 そういって、自身も御者台の背もたれにぐったりと倒れ込む。


「貴方がいて助かりましたわ。この霧の中でも馬車を操れるのは、神学士の技術ですの?」


「いえ、これはまた別の業です」


 素直に「はいそうです」と言ってしまっても良かったのだけど、やっぱり嘘はいけない。

 この世に何人いるか分からない他の神学士の方々に迷惑が掛かるからね。ここは普通に誤魔化しておこう。


「それよりお嬢様もしばらくお休みください。私は馬車などの点検をしてきます」


 一瞬何か言いたそうなメアーズ様だったけど、ここは素直に行かせてくれた。

 ちょっとだけ見せた不安な表情。僕がもうちょっと気の利いた人間なら、こんな時にどんな言葉をかけられたんだろう……。

 ともあれ一度馬車を止めて、馬や馬車の確認をする事にした。

 何かあったら大変だからね。

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