境の町アレクトロスからの離脱

 馬車は霧に包まれた町を疾走する。

 反響定位エコーロケーションで確認する限り、まだ普通の町だ。だけど所々おかしい。反響がなく真っ暗に感じる場所がある。目で見れば何かわかるかもしれないけど、霧のせいで視界は無い。まるで別の世界に通じているかの様な恐怖を感じるよ。


「走れている事には感心しますけど、出られなければ意味はありませんのよ」


 ちくちくと……とうよりブスリと言葉が刺さる。まあ言葉を選んでねちねちされるよりはずっといいや。

 それにそろそろ匂いも覚えてきた。肉の臭い、血の臭い。それに石の匂い、土の匂い、水の香り、空気の流れ。次第に把握出来てくる。


 町全体とは言わなくても、門の一つさえ分かれば十分。そして入った門以外なら、何処でもいい。

 とにかく頼むよ、僕の運命!

 そう考えて自戒する。地図さえ把握していれば、そんなものに頼らなくて良いんだよね。

 最低限、通ったルートくらいは覚えておけば良かった。


 本当に成長しないなぁ……とはいってもまだあれから数か月。しかも寝ていた時間もあるからほんのわずかしかなかったよ。

 だけど見ていろよ! 数年の時間があれば、絶対に今とは違う僕になってやるんだ!


 ――と、すぐ脇から感じる香り。町の中ではなく、外の空気。そこへと通じる土に染みついた馬の匂い。

 見つけた! どの方角かは分からないけど、とにかくあれは外部への門だ。


 巨大な押し戸に、一人じゃ持ち上がらない分厚いかんぬき。ご丁寧に、両側には金属カバーと鍵までついている。

 体当たりしても仕方が無いので馬車は急停止。さすがに高速馬車だけあってブレーキも付いているけど、ちょっと操作に自信が無い。そんな訳で、足から延ばした拘束触手で無理やり車軸を止める。あちちちち!


 ここで気が付いたけど――いや、最初から予想していたけど、同じ拘束触手だったラマッセに変身中は、彼の触手は使えない。使ったのはバステルのものだ。なんかいつもお世話になっている気がするな。

 ただ4頭の馬は立ち上がって大暴れ。何とかなだめるが、馬車がガクンガクンと揺れる。


「何事ですの?」


 横に座っていたメアーズ様が、僕の腰にしがみつく。あの怪力で。

 いだだだだだだ! メキメキと骨が鳴るが、痛みで声が出ない。それでも何とか口を開き――、


「門を見つけました。出口に間違いありません。ただ開くかどうかは……」


 かろうじてそれだけを伝える。

 周囲に人の気配はない。何体か小型の魔獣がこちらを見ているけど、あの程度なら大丈夫だ。

 それより問題は――、


「案内を頼みましてよ」


 そう言ってメアーズ様は大型のカンテラを取り出した。

 中央に光る魔晶を取り付けたもので、普段なら結構遠くまで照らすことが出来る。

 だけどこの霧だ。遠目にはただの光の玉。使っている本人も、自分の膝から下はもう見えないだろう。


 だけど有無を言わさず僕の手を握ると、そのまま馬車から降りる。


 ――ちっちゃ!


 あまり人間の姿で触れ合う事が無いのであまりに気ならないけど、こうして互いに人として触れ合うとメアーズ様は小さい。

 考えてみれば、まだまだ140センチちょっとの11歳。一応の名目上は成人だけど、まだまだ子供なんだ。


 まあそんな事を考えながらもかんぬきの前まで移動する。

 霧の中でも、ここまで近づけば肉眼でも見えるだろう。

 でもどうするんだ? 僕の力じゃ持ち上がらないし……あ、メアーズ様なら持ち上がるのか?

 だけど両側には金属カバーと鍵が付いているからそれは無理だ。でも鍵を探すといっても見つかるかどうか……。

 かんぬき自体も20センチほどの厚さがあるから、切断も容易じゃない。

 正直言ってお手上げだ――、


 と思った瞬間、メアーズ様はくるりと回転すると、そのまま回し蹴りを打ち込んだ。

 蹴られたかんぬきが轟音とともに砕け散ると、外開きの扉がギギギと音を立ててゆっくりと開いて行った。


 あまりの事に、口をパクパクさせるしかない。何なのこの子!? 歩く攻城兵器なの?

 でも霧のせいで、そんな僕の様子は見えなかったのだろう。


「貴方も神学士ならわかるでしょう? さあ、行きましょう」


 さも知っているでしょうと言った感じで話しかけてきた。

 残念ながら本物の神学士ではない僕には分からないけど、アルフィナ様と共にいるって事の理由の方を、僕は改めて考える事になった。

 まあ、いくら考えたって今の僕には分からないんだけどね。

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