霧に包まれた世界
アルフィナ様の元へ行く……とはいっても、とにかくここから逃げなければ話にならないよね。
幸い馬車にはいくつかの剣や斧、それに弓矢も積まれていた。
状況を考えれば当然だろうけど、これはありがたい。それに馬車に投げ込まれたのも幸いだった。
外に出る事を
それが塀から落ちて大きな音を出すと同時に、人の顔をした黒い大型犬も射抜いておく。
ああ、分かっているよ。あれはきっと、人間だったものだ。でも気にしたって仕方がない。
まだ完全に実体化していない蟲が沢山浮いているけど、これに一つ一つ構っている余裕は無い。肩から拘束触手を生やして鞭のように叩いて一掃する。
だけど、ここでもたもたしている事なんて出来ない。処理したのは近場の大きな奴だけ。後は憑りつかれたらその時に考えよう。
皆がさっきの獣人が落ちた音に警戒している間に、今度は素早くラマッセに変身して御者台につく。
もちろん、荷台にあった布をちゃんと腰に巻いてあるよ。
上半身は丸見えだけど、この対神の入れ墨はきっと何かの役に立つはずだ。
「二人とも、早く乗って!」
「あ、あんたは! いやだがこの霧じゃあ無理だ」
御者の人は僕を見て驚くけど、そりゃそうだよね。でも細かい事を説明している余裕は無い。
一方でメアーズ様はと言うと、
「ラウス! ベリル! 置いて行きますわよ!」
僕の隣、御者台に座ると、奥の方へ大声で叱責を飛ばす。
誰かがやるといったら、出来る前提で行動する。メアーズ様はそういった性格の様だ。
あまり長く留まることは得策じゃないけれど、幸い二人ともすぐに戻って来た。
だけど最初に戦っていたベリルは肩をバッサリと斬られている。あの
致命傷ではないけれど、決して浅くもない。
彼等は外から入って来る霧と御者台に座る僕を見て察したのか、それとも怪我人の事を考えたのか、迷わず馬車の方に乗り込んだ。
これで僕を含めて馬車に5人。高速馬車の意味がなくなったような気もするけど、もう仕方が無い。
「出発します!」
「お任せするわ」
馬に鞭を打ち、僕は霧の中へと走り出した。
元々普通の村人だったからね、僕は。馬車の御者をするくらいは簡単さ。
専門家に比べるとそりゃ話にならない技術だけど、逆に一通りは何でもできる。全部自分でやらなきゃ生きていけないから、最低限の事は出来るようになるんだ。
そして今、この霧の中を
問題は地理感が無いので方角が不明な事だよ。なにせ町なんてのは、綺麗に十字に整理されているなんてことは無い。ましてやここは境界の町。いわば最初の防衛線。
地形を知らない人間は迷いまくって分断され、各個撃破される造りだ。
「クソ、ベリルの血が止まらねえ。おい、あんた。怪我はどうにかならないのか!」
「無理です」
冷たい様だけど、端的に言うしかない。細かな説明は意味を持たないだろう。
でもこれで、メンバーの名前も把握出来て来たな。
最初に宿に入った茶色い短髪の彼がラウス。若くてチャラそうな彼だ。今はベリルって人の治療をしている。
このベリルって人が戦闘力の高そうだった人だね。だけど今は負傷中。戦力にはならないと思う。
それと――突然馬車の背後から無数の鉤爪の生えた腕が何本も侵入すると、最初の御者をやっていた男の人を掴む。
それこそあっという間。考える間も無く、彼は悲鳴と共に闇の中へと消えていった……名前は確かハイラーとかいったと思う。もう会う事もないと思うけど。
そりゃ可哀そうだよ。でも今の僕らにあれと戦っている余裕なんて無いんだ。
「まだ出られませんの?」
臨戦態勢に入ったメアーズ様が後ろを警戒しながら振り向きもせずに声をかけてくる。と言うか叫ぶ。
彼女も兵士も、ハイラ―の事は言わない。分かっていても、どうしようもないことだってある事を知っているから。
でもこちらの事も理解して欲しい。いや、本当に道が全く分からないんだ。
それに町を抜けて、そこで終わりじゃない。そこから更に、暫くは馬を走らせなくちゃならないんだよ。
今以上の無茶はさせられない。
でも完全に止まって休ませることも出来ない。それは自殺行為だよ。何と言っても、ここは敵の巣だ。いや、敵――敵って何だろう? その前は何だったんだろう……。
ううん、深く考えちゃだめだ。今はとにかく、襲ってくる相手だって思わなくちゃ。
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