人ならぬ町
もうかなり食べたと思うけど、料理はまだまだ運ばれてくる。
メアーズ様の時は正直驚いた。でも3人の兵士達も結構よく食べるしよく飲む。
案外、僕の感覚がおかしかったのかもしれない。僕は貧しかったしアルフィナ様は素食。しかもまだ幼いしね。やっぱり普通はこの位ガッツリ食べるのかもしれない。
いや、それでも兵士3人と同じくらいの量を食べているメアーズ様はちょっとおかしい。
それにしても外はあの霧だ。お客が来ないのも分かるけど、僕達だけというのも寂しいものだ。
店主のケイルバートさんはかまどの下で串に刺した肉を焼き、上ではシチューを煮て、別の炭焼き網でも肉と野菜を焼いている。
そして様子を見ては、料理を交換して酒が無くなるとすぐに新しいジョッキを持ってくる。
本当に働き者だし、知り合いって言うのも本当だろう。いや、戦友と言った用が良いのかもしれない。そのくらい、阿吽の呼吸が感じられる。
村にはそんな仲間はいなかった。どちらかといえば孤立していたと思う。僕が死ねば、僕が管理していた畑は村長や彼と親しい人のものになるからね。
さすがに殺してまで奪おうって悪人じゃなかったけど、居心地の悪さはずっと感じていたよ。
「そういや、エリーンはどうしたんだ? 姿が見えないが、いつも一緒にやっているだろ?」
「俺達だけなら一人でも大丈夫だろうけど、せっかくだから顔くらい見せろよ」
軽口を叩く茶髪の兵士と御者の人を、メアーズ様が視線と咳払いで
そうだよ、人それぞれ事情があるんだ。
でもエリーンか……家族かな? 恋人かな? 確かに今はともかく、このテーブル数を一人で切り盛りしているとは思えない。となると、もしかしたら前線の兵士達のような状況なのかもしれない。
あれ? もしそうなら、今の僕になら何とかなるんじゃないだろうか?
もそもそと懐から出て、テーブルの上にポトリと落ちる。
メアーズ様はちらりとこちらを見るけど、まあ一応は言葉が通じる小動物だ。自分の食事を止めてまでどうこうしようって気は無いらしい。
一方で、兵士二人と御者の人は興味津々といった顔つきだ。
「メアーズ様、出て来ちゃいましたがよろしいんで?」
御者の人が気にかけるけど、メアーズ様は「いいのよ」とそっけない。
慣れているというか、やっぱり感じる微妙な警戒心。これは多分、どうしようもないだろうね。
「そうだ、前線じゃ流行り病でかなりの人数が倒れたんだが、こちらは大丈夫だったのか?」
「そんな事があったのですか? それは大変でしたね」
店主のケイルバートさんはあんまり興味がなさそうだ。家族に問題は無いのかな?
「ああ、だがな。こいつを見ろよ」
そう言って、茶髪の兵士が僕を掴む。しまった! 男に捕まれるなら出るんじゃなかった!
「こいつを置くだけであら不思議ときたもんだ。どうも病原体を食っちまうらしくてな、治るんだよ」
いや食べてないし。それにさっきメアーズ様に
全く酔っぱらいはこれだから……。
でも僕も、もしそんな状況だったら治そうと思って出たわけだし。
お節介なのは分かっているけど、実質無償でやってもらっているんだ。出来る事は少しでもやらなくちゃだよ。
「アスラムもいつもはまだ起きている時間だろ? 俺達が来たのに来ないなんて、具合でも悪いんじゃないか?」
「遠慮することは無いですよ」
酔っ払いの茶髪と御者のお節介に、店主のケイルバートさんも苦笑いだ。
「まあ別に具合が悪いとかではないのですよ。ただほら、皆さんがもうほとんど食べてしまいましたので」
そういって、かまどの下からごそごそと何かを取り出す。
「人間らしい部分は、もうこの程度しか残っていないのですよ。お出しするのも
そういって出てきた皿の上には、女性らしい右手首と、左目の付いた子供の様な顔の一部。
両方とも、まだピクピクと動いている。特に子供の顔に付いた眼は、恐怖の色を浮かべて僕らを横目で見つめていた。
だけど両方とも、切られた周囲は真っ黒い剛毛で覆われている。
最初、僕らは意味が分からなかった。
入った時、確かに彼は人間だった。饗されていた肉も人肉なんかじゃなかった。
だけど今は違う。今変わる。
店主であったケイルバートさんの胸が裂け、そこから鱗に包まれた肉が飛び出してくる。
手の長さは変わらないけど、形はまるで魚の
「いかがでしたでしょうか? 少し独特の臭みがありましたので、今回は匂い消しのスパイスの他に、バターも多めに使ってみたのです」
まるで世界が止まったかのような沈黙の中、今までと変わらない大人しい声が響く。
だが一瞬遅れ、茶髪の兵士と御者は盛大に吐き出していた。
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