金木亭
疾走する馬車を挟むように、2人の騎馬が護衛につく。
ちょっと物々しいが、それはそれで説得力が増すだろうから良いのか。
夕暮れ近くに出発したけど、完全に日が落ちるまでには目的のアレクトロスに到着した。
別名境の街。この町の向こうがセンドルベント侯爵領となる。
双方の境界の出入り口をどちらが抑えているかっていうのは、力関係を見る上では重要だ。
こちらが国王の直轄地であれば、あの町はこちら側に属していただろう。
町の周囲……と言っても見える範囲の手前には水堀があって、それは上流の川から繋がっている。
一朝一夕にできる工事じゃない。昔から、この辺りの領地関係は変わっていないんだろう。
「サンライフォン男爵の者か!」
入り口の門の左右に設置された壁の上から兵士が声をかけてくる。
よくよく確認すると、下にある普通の通関は完全に閉じられている。臨戦態勢だ。
「そうだ! 仔細は既に伝えた通りである。門を開けられよ」
護衛の兵士が答えると、間髪入れずに門が開く。向こうも用意してくれていたのだろう。全部予定通りと言う事だ。
ランザノッサの町を押さえている前線部隊はサンライフォン男爵軍だった。僕はその時、「ああ、この人達は使い捨ての盾なんだな」と思ったんだよ。正規軍を使わずに、客将を最前線に立てるなんて普通だからね。
だけどちょっと見直したよ。こうして政治的な手回しが出来るだけの地位は得ているんだ。
こうして、僕は境界の町アレクトロスに到着した。
今の日付は、たしか9月14日だったと思う。
アルフィナ様とミリーちゃんが、拠点だったカレッサの町を出立したのが8月11日。
相当に遅れてしまった。
彼等の目的はアルフィナ様を害する事じゃない。だけどそこに神が関わっているのなら、話は大きく変わってしまう。
この遅れが致命的にならない様に、僕はただ祈るしかなかった。
◆ □ ◆
アレクトロスの門を超えた先は、ごく普通の舗装された道路と普通の街並みであった。
そう、街並みだけならば。
門を超えた先は、完全に霧に覆われていた。所々に魔晶の街灯が立っているが、霧のせいで丸い光の玉の様になっている。
まあ、僕には普通に分かるけど、この密度だと人の視界はゼロに近い。
「お嬢様、この状態で進むのは――」
「分かっているわ。いつもの様に、金木亭に泊りましょう」
「かしこまりました。では参りましょう」
短い話し合いも終わり、徒歩の様なゆっくりとした速度で動き出す。
今日中にもう一つ先の町まで行く予定だったけど、これじゃあしょうがないな。
その間に、僕はラマッセの記憶の断片を一生懸命拾い集めていた。
一つになっている時、彼の記憶はかなりはっきりしたものだった。だけど、一人の生涯の記憶を一瞬で全て覚える事なんて出来ない。
それどころか、多分彼が考え思い出していた部分しか僕には分からない。
しかもそれすら夢の様。儚く、瞬く間に消え去って忘れてしまう。
でももう4人目だ。だから今度は忘れない、出来得る限り……。
ではあったけど、現実は厳しい。まるで消えて行く煙を掴むようだ。
何とか記憶に留めることが出来たのは、彼が神への研究に没頭していたと言う事くいらい。
どの記憶のページを切り取っても、体に入れた魔晶の狂おしい痛みと神への興味。その二つの間でもがいていた。
アルフィナ様にヴァッサノの欠片が寄生しているって事。
それ自体に驚きはしたけど、確かになんとなくは分かっていた。アルフィナ様が問題の中心にいるって事くらいはね。
でも神様かー……ラマッセの言葉と記憶がなかったら、胡散臭すぎて眉唾だ。
どうして サンライフォン男爵兄妹は、ああもすんなりと納得したのか?
考えるまでもない。知っていたからアルフィナ様の元にメアーズ様がいた。そういう事なんだろう。
神の再誕。そしてこの世界と、今この時に神がいる世界が入れ替わる。実際、神学の世界では昔から記録されている様だ。
国……というか、大陸毎に色々な特徴がある。生き物だったり自然だったりね。
僕が村で育てていた羊なんかも、他の国の羊とはずいぶん違う。瞳孔は十字だし、角も頭だけじゃなく肩やお尻からも生えている。僕はお目にかかっていないけど、極稀に金の毛を生やす金羊が生まれることもあるらしい。
それに明かりなんかに使われる魔晶。魔晶といっても色々あるけど、今ぼんやりと霧の中で光っている奴は、どれも南の大陸からの輸入品だ。こっちの大陸には一欠片だって無い。
だから今は貴重品になりつつある。
まあ、そんな感じで神の行動範囲ごとに世界は大きく違う。その理由が、神がこの世に出現した時の影響って訳かー。
全てを受け入れる事は難しい。僕はそんなに賢くは無いんだ。。
信じたくない事もあるけど、多分間違ってはいないと思う。
このままではヴァッサノが再誕する。その時アルフィナ様は? 彼女の体の中に寄生しているんだ。無事であるはずがない
ヴァッサノを止める。その力を利用しようとしている神も止める。
神を? 僕が? 以前だったら笑い流していただろう。
だけど今は違う。必ず止めてみせるよ、ラマッセ。
そうこうしている内に、馬車は小さな酒屋のような場所に到着した。
ちょっと規模の大きな酒屋って感じかな? でも2階建てになっていて、上は宿泊できそうに見える。
付いている看板は『金木亭』。
ここは境界線の町だ。足止めされた商人なんかが止まる大きなホテルも沢山あるんだろうけど、随分と質素なところを選んだものだと思ったよ。
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