残された時間
「ヴァッサノの再誕を阻止するため、神が遣わした生物があります」
そういって差し出されたのは、左手に握られている……ように偽装した僕の事だ。
いやちょっと待って。ストップ! それ嘘でしょ? なんか一発で分かっちゃったよ。
――それなのですが、あながち完全な嘘とも言えないのですよ、テンタ。
「私がここに留まれる時間も、もうそろそろ終わりの様です」
え、ちょっと待ってよ。あながちって何? 何処までが本当なの?
「先ほど皆様を治した力。それは私だけの力ではありません。このテンタの力が大きく作用しているのです」
僕の抗議を無視して話が続く。というかその嘘はダメだー! これからどうするのさ!
「これは嘘でもなんでもありません。今は私が行いましたが、これからは体調が悪化している者の上にテンタを置いてください。これ自らが行動するでしょう」
おーい。
「本当にそんなんで治るのなら――いや、確かにこれは嘘じゃねぇか」
そう言いながらグレイスさんが自分の胸をさする。
いやというかさ、そこは本当なの?
――ええ、本当ですよ。貴方には見えているでしょう、あの生き物が。
変な蟲とかだよね?
――あれは、貴方が触れるだけで消滅します。まだまだ不安定なのですよ。この世界に完全には定着しきれていない。
しかしこのまま時間を置けば、やがてあれは実体化寸前まで成長し、寄生した生き物を何かに変えてしまいます。ただの無機物かもしれないし、魔物になる可能性もあります。
それになにより、ヴァッサノなり他の神が再誕した時点で時間切れです。世界は、その神にふさわしい姿に書き換わり、もう元には戻りません。
ねえ、それじゃ困るじゃん。僕の考えだと多分、
――分かっていますよ。安心してください。そして忘れないでください。ヴァッサノにしろ他の神々にしろ、まだこの世に
なんでさ? いつからそうなったの?
僕はただの村人で、そして死んで触手になった。というか、それの切れた端っこだよ。
――それを伝えるだけの時間は残されていません。今は彼らの方と話さねばいけませんから。
「ここには他にも多くの体調不良者がいるでしょう。全員を今すぐ治したい――その気持ちは、口にしなくても分かります。ですが、どうか今は最小限にとどめて頂きたい」
「どういうことだ?」
「どういうことですの?」
二人の兄妹の声がハモる。
もう二人とも、さっさと僕を受け取ろうとうずうず待ち構えていたからだ。
「先ほど言った通りです。このままでは、ヴァッサノなり他の神なりが再誕してしまう。もう時間は無いのです。それまでに、テンタをアルフィナ殿の元へと届けねばなりません」
それはそうだ。話を全部理解したわけではない。だけど、それが嘘ではない事が僕の心の中に流れ込んでくる。
これはきっとラマッセの記憶の一端……彼が学んだ知識だ。
それにそもそも、僕の目的は最初から決まっている。出来る限り早く、アルフィナ様の元へと行くんだ。
「ですが、ただそれを伝えたところで誰も信じはしないでしょう。故に、神学士としての力を行使させていただきました。それにメアーズ殿への報酬の一部先払いの意味も持ちます」
「確かに、それに関しては間違いなく感謝いたしますわ。それにその力……確かに貴方は本物の神学士なのでしょう。なれば、知識もまた疑いようがありませんわね」
「テンタの秘めた力に関しても、その事実を確認するまでは良いでしょう。ですが、全ての人を治す時間はありません。情に負けた時、世界は手遅れになる事を伝えておきます」
「後どの位、時間は残されているんだ?」
「――
いや、そこは勿体ぶらないで! と思ったけど、直ぐにその意味を理解した。
ラマッセの姿が消えていく。その記憶と共に。
――私の記憶は直ぐ言消えてしまう。だから、今話した事を覚えておくのです。時間はもう多くは残されていない。後は頼みました。
ありがとうラマッセ。感謝するよ。でも、でも本当に良かったの? 今で……それで良かったの?
――もちろんですよ、テンタ。君たちといた時間は楽しかった。神学士であった私が、ただの人であれた時間。まるで夢のようでした。だけど……だからこそ、私が夢から覚めるべきは今だったのです。ありがとう、テンタ。君の行く末を祈っていますよ。
皆の見ている前で、ラマッセは霞のように消えた。
ポトリと落ちた僕を、医師や看護婦は怖がって数歩下がる。だけどメアーズ様が逆だった。
のしのしと歩いて僕を掴むと――、
「お兄様。貴方の判断で10人、選んでくださいな」
それは、11人目以降の死は容認しろ――そういった意味である事は直ぐに理解した。
「すぐに早馬車の手配。それとアレクトロス、パケソ、マスオ、それに城塞の町ケイムラートまでの全ての町の通行証を用意しろ。大至急だ」
グレイスさんもすぐに部下らしい人に指示を出す――けどすぐにメアーズ様の方を向くと、
「全速で用意するが、支度が出来るまではそれなりに時間はかかる。10人だなどとは言わせぬ。準備が出来るまで、一人でも多く救ってもらう」
こちらも一歩も引く様子はなかった。流石は兄妹と言うべきだろうか。
そして二人とも、時間の無さは言われるまでもなく理解している気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます