敵陣へ

 翌日。何とか納得してくれたようで、メアーズ様は僕を懐に入れたままロビーへと向かった。昨日夕食を食べた所だね。

 ちなみに服装は青い膝丈のワンピースに荒れ地でも歩けるスパイク付きのブーツ。


 御者をしている時はマントと帽子も付けるけど、さすがに今の季節に室内でそれはきつい。

 というか、これ出発した時と同じ服じゃん。毎日洗うなんて出来ないのは分かるけど、少しは変えたらどうだろうか? 女の子なんだし。

 いやまあ、天日干しとかできる状態じゃないし、あまり変わらないのかもね。

 つかアルフィナ様の服なんだよこれ。あんまり汚してほしくはないなぁ……。


「これはこれは、サンライフォン男爵の令嬢様。既に朝食の支度は整っております。あちらに用意させましたので、どうぞごゆるりと」


「あら、ご親切にありがとうございますわ」


 ちょっと慇懃無礼いんぎんぶれいにも感じるバーグモンドさんに笑顔であいさつすると、早速奥に用意されたテーブルへと移動した。


 そこに用意されてたのは山盛りのサンドイッチに焼いたハム、ソーセージ、豆や野菜、それに鶏肉の入ったスープだ。

 どれも器がとても大きくて、20人分はありそうだ。これが噂に聞いたバイキング形式という奴だろう。

 生きている内に食べてみたかったけど、庶民じゃ一ヵ月働いたって入れる場所じゃない。

 そもそも僕は、そんなものがある町になんて行けなかったんだけどね。


 なんて考えている間に、殆ど食べつくしちゃったよこのお嬢様。

 アルコールの度数が低いとはいえ、食中にワインも結構飲んでいた。大丈夫かこの人。

 でもさほど酔った形跡も無いし、お腹もそんなに膨らんでいない。

 かなり興味があったのでお腹をまさぐってみたけど、さすがに引きずり出されてしまったよ。ですよねー。


「ごちそうさまでした。それでは出発いたしますわ」


 昨日もそうだったけど、食べっぷりに驚いていたのは僕だけじゃない様で、ロビーにいる従業員や兵士達も驚愕の様子を隠してはいない。

 そんな好奇の目に晒されながらも、笑顔であいさつするところがメアーズ様らしい。


「くれぐれも刺激せんでくれよ」


「刺激しようにも、双方その気も無ければ出来もしない……そうでしょう」


「今更の話でしたな。いや、失敬。武勇はここランザノッサにも轟いております。さすがのご慧眼――」


「その件はもういいでしょう。では……」


 そういうと、軽く会釈して厩舎へと向かった。

 それにしても、11歳の女の子の武勇が轟くってどんな状態だ?

 ちなみに僕はというと、手持ち無沙汰であったのか、引きずり出されてからはずっと鞭のようにぐるぐる回されていたよ。

 まあ目が回る事もなくいつもと変わらなかったけどね。


 町の東門までは昨日と同じ道。

 閉ざされていた門も、お嬢様の馬車が着くとすんなりと開けてくれた。やっぱり戦闘の気配は無い様だ。


 再び懐に潜り込んで頭だけ外に出す。

 昨日は分からなかったけど、いくつかの矢盾の後ろには兵士が配置されている。

 だけどなぜだろう? 何一つ敵意を感じない。戦闘は無いだろうって予想だけど、うーん、何だろうか? もうそういった次元ではない、むしろ歓迎するような温かさすら僕は感じ取っていた。



 メアーズ様の馬車は500メートルほど街道を進む。

 その先には臨時で作ったと思われる、丸太と木板を組み合わせた簡単なバリケードと門があった。

 だけど、なぜか敵兵が会釈をして門を開けた。これはちょっと、本気で驚いたよ。

 しかもそれどころか――、


「お兄様は何処にいるのかしら?」


 そう、メアーズ様は兵士に尋ねたんだ。

 お兄様? 意味が分からない。

 この町と睨み合っている軍はセンドルベント侯爵軍と聞いている。間違えようも無いよ。

 でもメアーズ様は馬車を降りて「こちらへ」といった兵士について行く。


 よく見ると、兵士たちは皆軽装だ。盾の後ろに控えていた連中もそうだったけど、革兜に革鎧。下はビキニパンツで、少し湾曲させた円形の盾に長槍といった兵装だ。

 何人かは盾の裏に小さな弓と数本の矢の入った筒を取り付けてある。

 バステルの記憶が微かに浮かぶ。あの弓はこういった戦場で使うものじゃない……それだけは分かった。

 というか、僕が兎を狩るのよりは高級そうだけど、本当にその程度の代物だよ。


 案内されたテントは指揮官様だろうか? 他のテントよりもちょっとだけ大きくて、見張りの兵士も立っている。

 だけど漂ってくる薬品臭。入る前から、そこが何なのかは分かってしまった。

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