再交渉
体を拭き終わった後、メアーズ様の着替えも終わる。
上下ともに厚手の綿のパジャマ。インナーは薄手のキャミに白いレースのパンツのみ。つかそのパンツはアルフィナ様のお気に入りだぞ。
バレたら何か言われないものなのだろうか? それとも、女の子同士は普通なのだろうか?
てかいやいや、そんな暢気な状況じゃないよ。
メアーズ様は僕の入った袋を持ち上げると、軽く左右に振る。
怪しんでいるのはもう疑念の予知は無い。どうする? いや、どうにかするしか手は無いよ。こんな所で諦められるほど、軽い気持ちで来てはいないんだ。
とにかく袋の口に頭をねじ込んで、じわじわと出ようともがく。
袋の口は閉まっているし、握っているのはあの怪力だ。出られるはずはない。
でも彼女って朝まで持ちっぱなしって事は無いだろう。これは持久戦だ。
……なんて覚悟はしていたのだけれど、あっさり僕をベッドの上にポイと投げる。もちろん、袋ごと。
でもこれでやっと出られたよ。だけどまだこちらを睨んでいる。
メアーズ様としても、僕の存在は隠したいキーアイテムだ。まさか外の兵士に預けるような真似はしないと思う。
出られないふりをしている手もあったのでは? と思うけど、それは多分意味がない。それどころか、放置生活の始まりだ。
やっぱりここで決めるしかない。ぶっつけ本番。だけどやるしか他にない。
布団の隙間を利用して、するりと体を伸ばす。同じ拘束触手のバステル部分だ。
今掴まれたら一発でばれてしまうが、あちらは警戒している。今なら何とかなるだろう。
そしてベッドの下からスルスルと移動して長さの限界点に達する。
だけど、ここからはケティアルさんの繁殖触手の出番だ。またもやスルスルと延長し、メアーズ様の背後に回る。
これだけでも結構体力と精神を使う辛い作業だ。だけど本番はこれから。頼むから、メアーズ様は動かないでくれよー。
伸ばしきったケティアルさんの先端から、エリクセンさんの頭を生やす。
うん、完全に怪物だ。こんな姿は絶対に誰にも見せられないよ。確実に退治されちゃうよ。
だけど、これで準備は整った。さあ、一世一代の演技を始めよう。
「やあ、今日はごくろうだったね」
天井に配置された魔晶の明かりで部屋全体はまだまだ明るい。
だけどベッドの影からイスとテーブルを介してクローゼットの後ろ。今話し掛けているここは完全な死角だ。
急に話しかけられて、当然の様に僕へと視線が注がれる。だけど僕はただの小動物だよ。短くなった触手だよ。
そしらぬふりをしながら頭をくりくりと振ってあざといポーズ。
もちろん、下から延びる部分は見られちゃいけない。こちらに来て掴みそうになったらそく作戦は失敗だ。
だけどセーフ。彼女はそんなに短絡的じゃない。
「どこ!? 誰なの?」
頭はエリクセンさんだけど、そこまで深い知り合いではないからね。昨日の今日だけど、さすがに声だけでは分からない様だ。
――っと、そんな場合じゃないな。
「私だ。今はそうだな……名乗れはしないが、協力者である事は間違いない」
「協力者……ねえ……」
警戒しながらチラチラと周囲を確認する。当然、僕へ向けられる視線が圧倒的に多いけど、それは大成功と言って良いよ」
「まあ、いきなり信じろという方が怪しいと思う。だけど、今は信じてもらうしかないな」
「それで、今日は何の御用なのかしら?」
「先ずはお礼だ。実際に行動してくれたことに対してのね。それと、これからの展望を一度聞いてみたくてね。今ここは……ランザノッサの町で間違いは無いね」
いや、当然僕は知っているよ。でもここは大切な手順だからね。
「あら、ご一緒しているのではなくって?」
メアーズ様もはっきりとは言わない。ここは駆け引きだなー。
「残念ながら、こちらから把握できる情報は少なくてね。それに時間も足りない。改めて、テンタの事を頼む。必ずや、アルフィナ様の元へ届けてくれ。謝礼に何しては、我らの出来得る全てを賭けて果たすであろう」
そこまで伝えた所で作戦は終了だ。追加で作った部分はハラハラと崩れ落ち、後には何も残らない。
しまった! 壁での様子も聞いておけば良かった! とも思ったけど、欲をかくべきじゃないね。
実際、メアーズ様はドスドスと歩いてきて、僕をむんずと掴む。
と、とりあえず――頭を振ってあざといポーズ。
僕の見た目はもういつもと変わらない。30センチほどの触手の先端だ。
実に危なかった。やっぱり見切り時は大切だね。本当に良かったよ。
「貴方は、わたくしが思っているよりも重要な存在なのかもしれませんわね」
そう言いながら僕を大切に懐に入れると、そのまま明かりを消して眠りについた。
ぷにぷにの柔らかくて暖かい肌。良かった……僕の生活は守られたよ。
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